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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年5月

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2017.5.17 水曜日 サキの日記

 平気なふりをして学校。なんとか過ぎてってる。でも本当は平気じゃない。朝起きるたびに思い出してる。昔起きたことも、どこかで私を笑ってる人が今もいることも。

 授業中にもよくあの光景が浮かぶ。あるいは、見せられたいやらしい映像がよみがえってくる。でも授業中に落ち着かなくなったからって叫んだり歩き回ったりはできない。ひたすらじっとしているだけ。表向きは何も起きていないけど、頭の中で嵐が起きているので、授業の内容あまり頭に入ってない。受験生なのにこんなことでいいんだろうか。いいはずがない。

 体育の着替えの時、佐加がカッパのことで伊藤ちゃんをからかい始めた。伊藤ちゃんは『図書委員ですから』とかわしていた。でも佐加がしつこく『好きなんでしょ?』と聞くので、見かねたスマコンが『もうやめなさいよ。しつこいわね』と言ったら、佐加は、


 あんただって伊藤ちゃんのこと好きなくせに〜!


 と意地悪な大声をあげた。さらに何か言おうとしたのをヨギナミが止めた。スマコンは何も言わなかった。なんとなく気まずくなってそれからはみんな黙っていた。

 恋の話は、気まずい。

 佐加はおもしろいと思ってるみたいだけど、それは自分の恋がうまくいってるからだ。他の人は全然うまくいってない。

 同じクラスに伊藤ちゃんのことを好きな人が3人いる。でも伊藤ちゃんは誰にも特別な感情は持ってなさそうだ。

 ヨギナミは杉浦が好きだけど、杉浦に恋愛なんてできるとは思えない。

 勇気は私のことが好きだけど、私は好きじゃなかった。

 奈良崎が前にちらっと、保坂はスマコンのことが好きらしいと言っていたこともある。でもスマコンはレズビアンだ。

 ほんとにうまくいってない。

 表面上クラスのみんなは仲良くしている。でも心の底にはいろいろある。

 今日杉浦塾があったけど、勇気が行くって言ってたのでやめておいた。やっぱり気まずい。でも7月の学校祭は同じグループで活動しなきゃいけない。大丈夫なんだろうか。

 佐加は『最後の学校祭』を派手にデコろうと今からいろいろ余計なことを考えている。あかねは自作キャラの巨大フィギュアを作りたいとか言っていたけど、たぶんみんな反対すると思う。『美少年が絡み合う美』がどうとか言ってたし。

 やっぱり私の足は、研究所に向いた。

 林の道は優しい緑色に覆われている。草原も山も。でも変だ。こんないい季節なのに、所長が散歩に行きたがらない。今日は部屋の中にいたいらしい。でも、特にやることがあるわけじゃないらしく、ぼんやりしていた。また別世界に行っちゃったのかと思ったけど、そうでもないらしい。

 所長、何か隠してるな。なんとなく恋のような気がする。誰かのことを気にしてボーッとしてるんじゃないだろうか。でも誰?まりえさん?

 一応聞いてみたけど強く否定されて『その話はやめて』と言われた。

 ピアノの音がしないので結城さんは出かけているのかと思った。でも、部屋で楽譜読んでるだけだった。今日は保坂もいないし、近づくチャンスだと思って部屋に行った。

 出てけって言われるかと思ったけど、こちらをちらっと見ただけで無言、つまり無視。私は、昨日奈々子が出てきて『ナギと話したい』と言っていたことを伝えたけど、やっぱり無反応。

 悲しくなったので1階に戻ったら、所長がかま猫に『僕はどうしたらいいんだ』と話しかけていた。やっぱり何か隠してる。

 いいかげん何考えてるか教えろと言ったら、


 今まで自宅でできる仕事を回してもらってたけど、

 それも今年いっぱいでなくなりそうなんだ。

 だから来年からどうしようか考えてる。


 と。

 所為が研究所に住めなくなる。

 そんなこと、考えたこともなかった。この建物と所長は、私の中ではセットになっていたから。

 

 いいんだよ。僕だっていつまでも世間から逃げているわけにはいかないことは知ってる。

 元々ここには病気の療養のために来ていたし、

 その『病気』は橋本のことだったんだから。

 ただ、まだ解決していないことがあるから、それが気になって。


 初島と、森で会った子供のことだ。それはもう放っといてもいいんじゃないかと思った。むしろ、所長があっちの世界に行ってしまうことの方が危ない。

 お菓子を食べてたら、食べ物の気配を察知したのか、結城さんが降りてきた。そして明日、保坂と修平がギター持ってここに来るという話をした。保坂だけでもウザいのにカッパまでここに来るのか。明日私はどこで過ごせばいいのだろうと思ってたら、


 新橋、受験勉強しなくていいの?

 こんなとこで遊んでる場合?


 と言われた。確かにそうだけど、その言い方は厄介払いしたがってるようにしか思えない。そんなに私邪魔ですか?って聞いたら、


 俺はガキには興味ないの。


 と、顔を近づけて言ってきた。口調も表情も嫌味だった。結城さんはそのままテレビを見始めたけど、アイドルではなく、夕方の情報番組だった。

 私は帰ることにした。所長が玄関までついてきて、


 結城に近寄るの、

 しばらくやめた方がいいかもしれないよ。


 と言った。また、私が傷つくのを心配してるんだろうか。大丈夫ですよと言っておいた。

 本当は大丈夫じゃない。

 ガキ呼ばわりされたくらいでは諦めきれない。

 帰って部屋に1人になったら、またあの出来事と怖さがよみがえってきた。こういう時に限っておもしろい動画もないし、本を開いても文字に集中できない。

 でも、奈々子のためにも、結城さんはもっと私と向き合うべきだと思う。

 今の結城さんは、ピアノとテレビで現実逃避しているようにしか見えない。本当ならピアニストとしてどこかで演奏活動をしてるべきではないのか?所長の面倒を見るという名目で、引きこもっているだけなのではないか。

 杉浦からは塾に参加するよう催促が。ウザい。でも受験生だから行ったほうがいいのか。でも勇気がいたら気まずい。


 夕食の時、あかねが、所長とチョコレートショップの彼女が町の噂になっていると言っていた。勇気もよく店に入る所を目撃してて、そのことをクラスの人に話してるらしい。何を言いふらしてるんだろう。修平も同じ話を聞いたと言っていた。


 久方さんにとってはいいことかもしれない。あの廃墟にこもっているよりは、他の人に会ったほうが思いつめなくて済むでしょ。


 私は所長があそこに住めなくなりそうだという話をした。平岸ママが、仕事を見つけるのはこの町では難しいだろうと言っていた。学校を卒業すると、8割以上の生徒が町外に出て、戻ってこないという。


 倉まんじうの工場以外で、

 あまり人を募集してるとは聞かないしなあ。


 と平岸パパが言っていた。

 所長、どうするんだろう。神戸に帰るのかな。そしたら幽霊は、橋本はどうなるんだろう?研究所の建物は?なくなってしまうんだろうか。

 でもそれは、私達が卒業した後の話だ。

 とにかく私は受験生だから、勉強しなきゃいけない。でも他に大事なことがいろいろあるような気がして、勉強が手につかない。でも、その『大事なこと』が何なのかがわからない。結城さんのこと?それもある。でもカントクが言ってたっけ。『性欲で人生を台無しにした人がたくさんいる』とかなんとか。

 ヨギナミが鍵を回収しに来た。もう必要ないんじゃないと言ってみたけど『危ないから』と言われた。その後奈々子が出てきて、


 私の話題でナギを刺激しちゃダメ。危ないから。


 と言い出した。何が危ないんだと聞いたら『大人ならわかるでしょ!』と言って消えた。何なのみんなして。結城さんが私に襲いかかるとでも思ってんのか?ガキ呼ばわりされて相手にされてないのに。

 でも、どうだろう。

 本当に結城さんとそんなことになったら。

 私は落ち着かなくなってきた。昔ドラマとか小説で見たラブシーンと、襲われた時のことがごちゃ混ぜになって頭の中に湧き出てきて、訳がわからなくなった。落ち着くためにコーヒーを飲んでしまった。部屋にコーヒー置いとくのやめた方がいいかな。混乱するとうっかり飲んで眠れなくなる。

 今日は勉強しよう。

 そういえば宿題あったの忘れてた!






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