2017.5.14 日曜日 サキの日記
サキ、男の子を怖がってるの?
それ、よくないと思うよ。
カラオケで佐加が言ってた。その時、私は奈々子に体を貸して歌わせていた。自分は天井のあたりに浮かんで、みんなを見下ろしていた。奈々子はカラオケに来るたびに発声練習をして、私の喉を鍛えていた。
私は所長のことを考えていた。生きているのが辛くて、すぐに別世界に逃げてしまう『創くん』のことを。
今ならあの気持ち、よくわかる。
自分の人生はめちゃくちゃになってしまったから。
つらい過去に、毎日が汚染されていくのは、
辛すぎるから。
奈々子と交互に歌ってる佐加はめっちゃ楽しそう。今日は勇気がいなくて、代わりに藤木と奈良崎、あかねが来てたんだけど、私が浮いてた位置からだとたまに佐加と藤木が目を合わせて微笑んでいるのが見える。あかね風に古い言葉で言うと『ラブラブ』ってやつだ。
うらやましいな。
私もああいうことしてみたい。結城さんと。
そういえば、佐加が落ち込んでるとこってあまり見たことないな。きっとまわりともうまくやってて、男の子が怖くなったりしないんだろうな。
曲が切れて『何か食べよう』とあかねが勝手にフライドポテトとピザを頼んだ。すると、奈々子が植えた獣のようにフライドポテトに手を出しまくり、ほとんど一人で食べてしまった。何やってんだ。私が太るじゃん。みんなはそんな奈々子を見て『おおっ!』とか叫んでやたらに笑っていた。止めろよ。
勇気がいないと、奈々子を止める人がいない。
でももうカラオケには来てくれないんだろうな。来られても気まずいし。でも、今まで勇気は奈々子が出てくるたびに私を呼び戻そうとしてくれたし、『嫌なことはしなくてもいい』と言ってくれていた。私は勇気のこと好きじゃなかったけど、勇気は私のこと本当に好きだったんだ。なのに私はずっと騙していた。傷つけてしまった。
佐加が藤木にべたべたくっついていた。怖くないんだろうか、襲われたらどうしようとか、そういう風に思わないんだろうか。
今サキが佐加に質問したがってる。男の子が怖くないのかって。襲われたらどうしようとか思わないの?って。
奈々子が余計なことをチクった。めっちゃ恥ずかしい。
全然。
佐加は即答して藤木を見た。藤木はちょっと困った様子だった。
むしろうちが襲いかかってる。
その話はやめとけよ。
藤木は止めたが、佐加はしゃべるのをやめなかった。
夏に海の家でビール(!)飲んで、酔っ払って藤木を押し倒して店の人に止められたとか、ホワイトデーに2人で釧路に行った時も似たようなことがあったとか。
藤木真面目すぎ。
奈良崎とあかねはそう言っていた。でも私はいいなと思った。藤木はいいやつ。某あの人とはなんという違いだろう。
サキ、男の子を怖がってるの?
それ、よくないと思うよ。
ここで佐加がそう言ったのだ。
いい人まで逃しちゃうじゃん。サキ美人なのにさ。
あ、でも、美人だから変な奴も寄ってきちゃうのかも。
あかねが言った。すると奈良崎も、
見た目重視の奴が寄ってくる確率は上がるよ。
俺もそうだもん。
と言った。そして、ママモデルしてるお母さんと一緒にどこかのスタジオに行った時、変なおばさんにつきまとわれたという話をしていた。そのおばさんは奈良崎にこう言ったらしい。
『私が生活費を出してあげるから、うちに来なさい』と。
やばいそれエンコーの逆バージョンだ。
今はそんな人いるんだ!
奈々子がびっくりしていた。するとあかねが『SNSで若い男の子募集してる金持ちママがたくさんいる』みたいな話を始めた。
やだなあ、女の人までそんなことするの?
でも、まあ、昔からあったかな。
金持ちのマダムが若い男の子に貢ぐみたいなのは。
でも、いつの時代にも、
そうやって若者の性を搾取する大人はいるのね。
本当に嫌になる。
気晴らしに歌っていい?
奈々子は一人立ち上がり、フェザーザップの曲、つまり修二の曲を歌った。
『何が難しいかって
わかりきったことを聞くなよ
彼女のお好みにかなう
それは世界の最難関』
明るい曲も歌えるんだな、奈々子。自分で作った曲はどっちかというと失恋ぽいのとか、不安めいたものが多いように思うけど。
その歌の後、不意に奈々子はいなくなり、気がついたら私がマイクを持ってみんなの前に立っていた。
私は奈良崎に無理やり米津玄師を歌わせ(けっこううまい)、残ってたピザを食べ、『足りねー!』と叫んだ。あかねはアイスと、なぜかまたポテトを頼んだ。それは私が一人占めした。どうしよう、ポテト食べすぎた。太る。
サキ、どうしたの?
佐加は驚いていたみたいだ。藤木は『ちょっと落ち着け』と言った。でも私も、自分がどうしてこんなわがまま言ってるのかよくわからなかった。自分の体に戻ったから、何か実感がほしかったのかもしれない。生きてるって実感が。
帰る頃には正気に戻っていたので、車の中でみんなに謝りまくった。みんな優しいので『おもしろかったから別にいいよ』と言ってくれた。あかねは『いいネタができたわ』と言ってニヤニヤしていた。絶対マンガに描く気だ。
サキはさあ、もっといい男と付き合うべきだって。
佐加が言った。
そしたら、人が怖くなくなるからさ。
浜の男紹介しようか?
悪いけど、そんな気分にはなれない。
勇気は十分いい男だった。私がダメ女だっただけだ。
本当に好きなのは結城さんだったのに。
そういえば私、大人の男は全然怖くない。奈々子が前に言ってたな。大人の男は全員バカな父親だと思ってない?って。
結城さんは違う。だって、男を感じるから。
でも私には興味ないんだ。
奈々子なんだ。結城さんが好きなのは。
私はどうしたらいいんだろう。
結城さんのために奈々子に体を貸すべき?
そんな必要ないし、そんなことしちゃダメ。
奈々子の声がした。だったらどうしろと言うんだ。
ナギに関しては、何もしなくていいから。
奈々子は私をわかっていない。私が何もせずにいられる性格だと思ってんのか?17年も一緒にいるくせに。
明日、学校帰りに研究所行こう。
もう勇気と別れたから、あそこに行くなと言う人もいない。
私には癒やしの時間が必要だ。それには、研究所がちょうどいい。所長さえ嫌がらなければ。明日行ってもいいですかって聞いたら『いいよ』って言ってくれたし。
夜、ヨギナミが鍵を取りに来た。もうこんなことする必要ないかもしれないと思ったけど、一応魔が差した時のために続けることにした。ヨギナミは今日、レストランが混んでいて忙しかったと言っていた。
なんか肩が痛いの。歳かなあ。
ってまだ17歳だよ私達!?って突っ込んでおいた。そうだ。私はまだ17歳なんだ。平岸パパが言ってたじゃないか。『まだ人生は始まってもいない』って。なのに、始まる前からなんで私の人生はこんなにボロボロなんだろう。




