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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年5月

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2023.5.10 水曜日 サキの日記


 人生、終わった。

 なにもかも、みんなにバレてしまった。





 ノノバンだ。

 あんな怖い言葉を平気で吐ける人を私は他に知らない。


 勇気がyoutubeにあげていたカフェのPR動画に、『この女知ってる』というコメントがあった。

『この女はクラスの男子を誘惑して学校で卑猥な動画を撮っていた変態で、誰とでもヤる女だ。動画を見たことがあるから間違いない』

 というようなことが、ここには再現できないくらい汚い言葉で書いてあった。勇気は荒らしだと思ってすぐブロックした(でも、スクショ撮って私に見せた。見たくなかったのに)。ところが、すぐに違うアカウントから同じような内容のコメントが入り始め、そこには『私も同じの見た』『この子と同じクラスでした。本当です』というコメントがいくつも連なっていた。


 前の学校のいじめが、ネットでここまで来てしまった。

 しかもカフェに迷惑をかけてる。


 これはどういうことなんだと勇気に聞かれたのが2時間目終わった休み時間。私はショックで何も言えなくなった。震えが止まらなくなり、トイレ帰りの伊藤ちゃんにつかまって保健室に連れて行かれた。後ろでスマコンが『こんなもの女子に見せるんじゃないわよ』ときつい声で言っていた。


 どうしよう。秋倉の人に知られてしまった。


 チャイムが鳴り、伊藤ちゃんは教室に戻った。入れ替わりで南先生が入ってきた。私は泣きながら本当のことを話した。入学式で畠山とノノバンに声をかけられ、一緒に行動するようになったこと。でも、2人はいつも下品なことばかり言っていた。エロ画像や動画を見せられて、それを今でも思い出して気分が悪くなったりする。優しいこともあったし、私も仲間だと思おうとしてたけど、今思うと、彼らの目的は、私を使ってエロ動画を撮ることだったのだ。


 あいつらは、自分で動画を撮りたいと言った。

 しかも私に協力しろと言ったのだ。

 私はもちろん断った。でも『俺の事好きならできるだろ』とかなりしつこく迫ってきた。

 私はもうその時点で、奴のことが嫌いになっていた。当たり前だ。私が断り続けると奴はだんだんキレてきて、私を学校の用具入れに閉じ込めようとした。ノノバンがそれを動画に撮っていた。

 私はかなり暴れた。運良く、棚の上のバケツが畠山の上に落ちてきた。私は2人を突き飛ばして逃げた。廊下には何人か生徒がいて、ギョッとした目で私を見ていた。


 これが、本当に起きたことだ。


 私はそれ以来、学校に行かなかった。でも、ノノバンは『新橋が男を誘ってヤってる』と言いふらして、クラスの人に編集した動画を見せていた──という話を、クラスで多少話のできる子がわざわざ私に知らせてきた。LINEが『汚ねー』『学校の恥』『死ね』『ブスのくせにモテると思うな』などの悪口でいっぱいになった。仲良くしていた友達すらみんな敵に回った。

 twitterも、劇団まで巻き込んで炎上した。

 私はLINEもSNSも全てやめた。目が覚めている間も寝てる間もずっと悪夢に悩まされ、部屋に閉じこもって泣き続け、病院に連れて行かれた。私は学校でいじめがあったと話したが、動画のことはどうしても言えなかった。もし訴え出たりしたら、ノノバンが勝手に作った嫌な動画を出されるんじゃないかと思った。そんなもの二度と見たくなかった。

 ただ、SNSの炎上はうちのバカがもちろん見ていたので、親はなんとなく何が起きたか悟ったようだ。だから『学校に行け』とは言われなかった。

 そうだ。それで学校休んでる時バカに『秋倉に行ってみない?』と言われたから、私はここにいる。


 南先生は、まとまりのない私の話を根気よく聞いてくれた。そして『私もリベンジポルノされたことある』と言った。前につきあっていた男とベッドでふざけて撮った写真を、SNSに載せられたことがあると言った。『すぐ通報して消させて、裁判所にも行ったよ』と。それくらい厳しく対応しなきゃダメだと。


 動画出されたらどうしようって心配でしょ?でもすぐ対応するから。今は心配しなくていい。

 前の学校には、先生から抗議する。

 これはうちの生徒に対する侮辱だからね。対応しなきゃいけないの。わかる?今聞いた本当の話を向こうに伝えるけど、大丈夫?


 私は大丈夫だと言った。でも、クラスの人が今頃私の話してるのかと思うと、教室に戻るのが怖かった。今日は早退していいよと言われた。南先生が河合先生に電話をかけて、私のバッグを持ってこさせた。それから、南先生が私から聞いた話を河合先生に話すと『犯罪じゃないか!』と怒り出した。それから、クラスには先生から説明しておくと言ってくれた。


 でも、もうダメだ。

 私はもう学校に行けない。

 どこに行っても、奴らが追いかけてくる。


 平岸パパが車で迎えに来た。車内で何度も『心配いらないよ』『なんとかなるから』と言っていたが、私は反抗期のあかねのように『ハゲに何ができるんだよ』と思っていた。平岸ママが心配してアパートの入口で待っていたけど無視してしまった。部屋に入った瞬間に涙が出てきて止まらなくなった。


 せっかく遠くに来て、楽しく暮らしていたのに。


 秋倉は小さな町だ。噂はあっという間に広まる。カフェの動画は町の人だって見てる。やっぱり私は映るべきじゃなかった。ネットに姿を見せたらいずれ見つかるって気づいておくべきだった。動画に出るべきじゃないし、やっぱり勇気と付き合うべきじゃなかった。私には人と付き合う資格なんかないのだ。

 どうして畠山なんかと仲良くしていたんだろう?

 でも最初、あいつは優しかったのだ。たぶん6月頃までは。でもそれは、私を利用するためだった。言われたことがある。『美人だから利用できると思われてるだけだと思うよ』と。今思うとそのとおりだった。私は美人じゃないけど。

 私が泣いている間、奈々子が隣に出てきて、頭を撫でるような仕草をしていた。そして、


 畠山にバケツかぶせたのは私。


 と言った。


 それしかできなくてごめんね。


 と。そして消えていった。私はちょっと泣き止んで、もう一度、深呼吸して冷静になろうとしてから、youtubeを見た。そしたら、勇気はバカなので、先生に聞いた私の話をそのままコメントに反撃として載せてしまっていた。『そんなの嘘だ』『お前もヤったのか』などのもっとヤバい書き込みも。

 何やってんのこのバカ?

 余計に炎上させてどうするんだ。

 私は勇気に連絡しようかと思った。でも怖くてできなかった。向こうからも今の所私には何も言ってこない。

 佐加から『うちはいつだってサキの味方だよ!』

 ヨギナミから『辛かったら抱え込まないで話してね』

 スマコンが『ヒーリングが必要なら無料で相談に乗るわよ』

 伊藤ちゃんは『教室が嫌なら図書室においで』 

 あかねは直接アパートのドアを蹴り、


 悪い奴に負けたら殺す!


 と叫んでいった。

 男子からは何も言ってこない。それが怖い。杉浦くらい偉そうに何か言ってきてもよさそうなのに。やっぱり引いてしまったんだろうか。

 夕食も部屋で食べた。平岸ママは『生きてるといろんなことが起こるものよね』と言った。こんな目にあっても私の食欲は落ちない。ハンバーグはおいしい。でももう学校に行けない。平岸家にもいちゃいけないんじゃないだろうか。

 私は一生、汚い嘘につけ回されるんだろうか。

 そうじゃない。私はそんな人間じゃない。私自身はそれを知ってる。でもいくら叫んだところで誰が信じてくれるだろう。前の学校の人から見れば、私は畠山やノノバンと仲がよかった。だから、同じ種類のいやらしい人間だと思われてしまった。動画も好きでやってるとしか思えなかったんだろう。

 でも、2年も経った今になってなぜ?

 いつになったら私のことを忘れてくれるの?

 そうだ、カフェのマスターに謝らなきゃ。店のイメージを傷つけてしまった。でも電話をする勇気が出ない。

 勇気との付き合いもこれで終わりだ、きっと。

 私は一生、どこに行っても、

 卑猥な女扱いされるんだろうか。

 ネットのせいで世界中に中傷されているように思えてしまう。世界中の人が私を悪い人間だと思って見張り、笑いものにし、罵っているような。なんだか肌がひりひりする。頭からみんなの悪口が離れない。汚い言葉が『これが本当のお前だろう』と言いながら襲いかかってくる。

 私はベッドで泣き続けた。眠る気になんかならない。今寝たらものすごい悪夢を見そう。かといって起きているのも辛い。頭にコメント欄が焼きついて消えない。あんなもの見たくなかったのに。

 もう夜中の2時だ。みんな寝てる。いつもなら何か言ってくる修平も新道も何も言ってこない。やっぱり呆れてるのかもしれない。

 部屋にこもってるの辛くなってきた。でも、秋倉には夜中に行ける所はない。町中が寝静まってる。外は街灯もない。真っ暗だ。

 今外に出たら、消えてしまえるかもしれない。

 そうだ、秋倉に来る前はそんな気持ちだった。『生まれてきたのが間違いだった』『早く消えてしまいたい』ってずっと思ってた。でも、それからゆっくりと回復していって、やっと普通に暮らせると思った所でこれだ。

 運命はどこまでも追いかけてくる。 

 もうダメだ。逃げ切れない。

 ちょっと外に出てみる。

 暗すぎて道に迷うかもしれないけど。

 もう、どうでもいいんだ。






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