2017.5.8 月曜日 サキの日記
学校帰りに佐加の思いつきで隣町のカラオケに行った。もちろん奈々子に歌わせるためだ。連休明けでみんなダルそうで、佐加はカラオケで騒いで元気を回復していた。でも、体を使われた私はげっそり。何も楽しくない。
唯一いいことと言えば、おばあちゃんがアウトレットモールで見つけた真っ赤なワンピースが、意外と私に似合ってたことだ。最初見た時は『げっ』と思ったし、おじいちゃんも『水商売みたいだな』とけげんな顔をしていた(けど、おばあちゃんに押し切られた)。それが、奈々子が私の体を使って歌っているのを見ていたら、なんか、かっこよく見えた。鏡を見るのとは別な視点で見たからかもしれない。後で勇気が撮った動画も見た。ただ勇気は『もっとかわいいやつがいいよ』と言っていた。かわいいやつってどんなの?と聞いたら、ピンクとかフワフワとか言いやがったので、佐加と一緒に『少女だ!乙女だ!』と笑いものにしてやった。
奈々子はまた新しい歌を作っていた。幽霊でも創作できるんだなと思った。でも歌詞は神秘的というか、意味がわかりにくかった。今思うと、前歌ってた曲は、中学の時に好きだった人のことを歌ったものだったみたい。今日のは、古い民謡みたいだった。おとぎ話みたいな歌が好きなんだろうか。『メトロポリタンミュージアム』という不思議な歌も歌っていた。昔テレビでやっていた曲だそうだ。佐加はこの曲が気に入ってyoutubeで探していた。けっこういろんな人が歌って、人気があるらしい。
今日の奈々子はひたすら歌い、私は今喉が痛い。でも奈々子が本当に歌うの好きだってことは体感でわかる。歌っている時、彼女は生きているのだ。もう死んでるけど、でも生き返るのだ。
いつか『やっぱり生きたい!』とか言い出して乗っ取られないかは心配。それが初島の狙っていることだし。だけど、やっぱり歌わせた方がいいってみんなが言ってたのは本当だったんだろう。
帰りが遅くなって、夕食は一人で食べた。平岸ママに『今度老人ホームでビーズアクセサリーを作るんだけど来ない?』と誘われ、なんとなくいいですよと言ってしまった。若い人が来たほうが喜ぶんだとか言ってた。
歌のことを聞いてみたくて奈々子を呼んでみた。中学の時好きだった人の話を聞いたら『今はもう、どうでもいい』と言った。声だけで姿は見せなかった。
正直に言いなよ。結城さんのこと好きだった?
私は尋ねた。
あのまま生きていたら、好きになっていたかもね。
控えめに答えた後、奈々子は何も言わなくなった。でも、好きになりかけているんじゃないかという感じがした。大人になった結城さんを見て見直したとか前に言ってなかったっけ?
私は結城さんに、奈々子の今日の様子を伝えた。LINEで。スルーされたけど見てはいるようだ。遠慮して言わないけど、やっぱり奈々子は結城さんに会いたいんじゃないだろうか。
私も結城さんに会いたい。
一緒にカラオケに行って幽霊に付き合ってくれた彼氏のことはあまり考えてなかった。私はやっぱり嫌な奴だ。別れようと思ってからもう何ヶ月経ってる?でも、結城さんは私に興味ないし、今後私を『かわいい』と思ってくれる人が他に出てくるとは思えない。
所長から畑の写真が来た。今日苗をいろいろ植えていたらしい。私も一緒にやりたかった。土を触ったら少しは気晴らしになったかも。
勇気に何度も『研究所に行くな』って言われてるのに、ボーッとするとついあそこのことを考えてしまう。私にとってはもう第2の家みたいになってしまっていて、行けないと悲しい。所長は家族みたいになってる。顔も似てるってよく言われるし。
そういえば、所長と、ショコラティエのまりえさん、どうなったかな。このまま仲良くなって付き合い出したら──所長にとってはいいことなんだろうけど、私はちょっと嫌だなと思う。私があそこに行きづらくなるから。
私は本当に勝手だ。自分のことしか考えてない。
それに、一番大事なことを忘れてた。ヨギナミが鍵を取りに来た時、手に英語の問題集を持っていたので思い出した。私達、受験生じゃん!勉強じゃん!今一番やんなきゃいけないのは!
ヨギナミは本当に英語が苦手らしい。わからないから教えてと言われたけど、説明してあげてもよく理解できてないみたいだった。公務員試験に英語いるの?って聞いたら『英文読解がある』って。うわあ、長文だったら大変そう。ヨギナミは文法はわかるけど、単語の読みとかイディオムが苦手な子だ。ものすごいカタカナ読み。スピーキングなくてよかったねと心から思う。
私はもう数学は捨てた。数学ないところを受ける。でも秋倉高校の3年は数学あるから、学校の単位は取らないと。ああ──受験科目にないのになぜ数学をやらなきゃいけないんだ。文系のある高校にしとくんだった。でも、前の学校も確か3年になっても数学あったな。どこに行っても逃げられないのか。
やる気しないので世界史の教科書読んだり、またBBCを聴いたりしてたらいつのまにか12時過ぎた。もう寝る。




