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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年5月

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2017.5.3 水曜日 祝日 サキの日記

 秋倉のゴールデンウィークは、お花見と決まっている。平岸家の人々も全員いろいろなものを持って町内の公園へ。平岸ママが場所取りをしていて、きれいに咲いた桜の下で、私達は山盛りのからあげを食べ、ジンギスカンをした。

 3本くらい離れた桜の下に杉浦家と、幼稚園の子供達と母親達がいた。父親少ないなと思ったら、別な場所におじさん達が集まってビール飲んでた。だいぶ離れたすみっこに奈良のとっつぁん達がいて、そこに保坂と、なぜかスマコンも混ざっていた。それを見た修平は、


 なんで伊藤は来てないんだよ?

 同じグループだろお前ら。


 と言ったため、さんざんからかわれていた。

 ヨギナミは今日もバイト。今日くらい休めないんだろうか。それとも、やっぱりあかねを避けているんだろうか。

 そのあかねは今日ものすごく元気でうるさいくらいだった。まずはいつものように妄想を発した。


 お花見で場所取りをしている少年。

 そこに絶世の美青年が現れて、

『ここは俺の場所だ。だから、お前は俺のものだ』

 と言いながら押し倒して、少年は人生初の快楽を知──


 話してる間に、近くの男性陣が全員走って逃げていった。平岸パパや、知らない町内のおじさん達まで。遠くから見たら、みんなで鬼ごっこでもしているように見えたかもしれない。女性陣の反応がバラバラで見てておもしろかった。平岸ママは頭を抱えて目を閉じてうつむき、隣の木の下にいたおばあちゃんはニヤニヤ笑い、お嫁さんぽいおばさんは我関せずでひたすら焼肉をつっついていた。

 その後勇気と松井マスターがあいさつに来た。マスターが平岸夫妻と話してる間、勇気は、


 桜をバックにサキが撮りたい。


 と言い出した。それ何に使う映像?

 なんとなく気が進まないのでかわそうとしていたら、


 やる!アタシやる!資料映像!


 と、あかねが乗った。それから、桜の下で変なポーズをとるあかねをみんなで写真に撮って遊んだ。あかねは木に抱きついて怪しい表情をしたりしていた。


 今日撮ったやつ、全部アタシによこしなさいよ!

 イラストに使うんだから!


 とあかねは言っていた。何を描く気か想像すると怖い。

 人々はやっぱり桜よりは食べ物と酒、そしておしゃべりに夢中。写真を撮ってる人はかなりいるというか、来た人は全員撮ってそうだけど。

 私はゆっくり花を見ようと思って平岸家を離れ、人が少ない所を探して歩いていた。すると、


 桜の下を歩いてみたい。


 奈々子が言った。なんとなく雰囲気で『いいよ』と言ってしまった。

 奈々子は私の体を使って、すみっこの、とても小さな桜の木に近づいた。弱っているのか町の人の手で幹や枝を補強されていて、先端の細い枝にだけまばらに花がついていた。奈々子はその木にそっと触れ、花びらに手を伸ばし、一つ一つを熱心に見ていた。まるで、花を初めて見た人みたいに。

 それから、飲んだり食べたりしている人達の間を歩き始めた。一人一人を観察するように、ゆっくりと。ミルクをこぼしている赤ん坊がいる。みんな騒いでいる中で、一人ビール缶を持ったまま、上を見上げてぼんやりしているおじいさんがいる。威勢よく大声で話す男達の隣に、疲れた顔のおばさんがいて、ジンジャーエールをちびちびと飲んでいる。どうも奈々子は楽しんでいる人より、そこからあぶれた人に注目しているようだった。それから、


 もし生きていたとしても、

 この騒ぎの中に入りたいとは思わないかも。


 とつぶやいた。私の声で。


 でもみんなで楽しむっていいことだよね。


 奈々子がそう言ったのは、平岸ママが娘の写真を撮っているのを見た時だった。あかねが、


 ママは写真ヘタなのよ。

 何このブレたアングル?高条を見習いなさいよ!


 と文句を言っていた。

 気がついたら、平岸家を見つめていたのは()だった。

 花見って本来自分の家族とするものだ。私は桜の写真を撮り、妙子とバカに送った。『お前らは花見の日に子供ほっといて何してんだ』と遠回しに言いたかった。しかしそれは通用しなかった。2人とも、競うように、『自分が撮ったどっかの桜の写真』をたくさん送りつけてきたからだ。桜の写真コンクールじゃないんだってば。

 でも、帰ってから気づいた。もしかしたらバカと妙子も同じ気持ちで写真送ってきたんじゃないかって。


 いつか家族3人でお花見しようね。


 と、なんか恥ずかしいけど送ってみた。そしたらバカが、


 サキが帰ってきたらなァ。


 と返事してきた。なんだそれ?私16年も東京にいたのに一回もやってなかったじゃん。なんで私が勝手に逃げたみたいな言い方すんのこいつ。

 なんだかモヤモヤした気持ちで本の整理してたら、今度は妙子が、


 桜って怖くない?

 死体が埋まってるんでしょ?


 と。おい、もしかしてそれが怖くて花見しなかったのか?梶井基次郎に騙されてる。本人も『どこから来た妄想かわからない』って言ってるからあれ!

 思い出したので、妙子に『そんなわけないから』と言った後、青空文庫で『桜の樹の下には』を読み直した。けっこう死体の話がエグい。こんな気持ち悪い話だったのかと改めて思った。『俺には惨劇が必要なんだ』という変質的で暗い心象の話。花が盛りになるとあたりの空気に神秘をまき散らす、みたいなことが書いてある。

 私は今日の奈々子を思い出した。

 桜の木の下には死体なんかない。

 でも、幽霊を呼ぶ不思議な何かはあるのかもしれない。






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