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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年4月

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2017.4.30 日曜日 サキの日記

 奈々子に乗っ取られた。しかも昼間だったので鍵もあった。また結城さんに会おうとした。だけど、研究所には誰もいなかった。後で所長に『結城は保坂と札幌に行っててたし、自分はまりえさんの所にいた』と言われた。

 もうやだ。何もかもやだ。

 人の体を勝手に使う奈々子は許せないし、保坂ばっかかまう結城さんも許せない。所長がまりえさんと仲良くなってるのは──別にいいけど、なんとなく寂しい。

 研究所は私の居場所だったのに。

 私の体を乗っ取った奈々子は、すぐに研究所に向かい、2階に行って結城さんの部屋に勝手に入った。それから、ピアノの蓋を開けて弾いたり、本棚からエリック・サティの楽譜を取り出して弾こうとしたり(でもうまく弾けなかった)。私は生き霊のようにそれをじっと見てた。怖い。自分の体が勝手に動かされているのを傍から見ているのは。私ってこんなに顔丸かったっけ?とか、なんかこの腕に肉ついてるの服着ててもわかるなとか、どうでもいいことが気になった。自分の姿なんてじっと見るの嫌だけど、何やらかされるかわからないから見てるしかない。

 そのうちピアノに飽きたのか、奈々子は1階に降りた。すると、ポット君がニコニコしながら近づいてきた。と思ったら、急に目が逆三角形の怒りマークに変わり、体当たりしようとしてきた。奈々子は慌てて逃げたが、怒れるポット君はどこまでもついてくる。さんざん部屋のものにぶつかって椅子を倒してから、奈々子は外に逃げ出した。ポット君は入口の所で止まったが、目はずっと逆三角形のままだった。

 奈々子は林の道を歩いたが、真ん中あたりでしゃがみこんで泣き出してしまった。


 生きたかった。


 声は出さなかったけど、心の叫びみたいなのが響いてきた。


 生きたかったのに。


 気づいたら、()()泣いていた。もとの体に戻っていた。でも、奈々子が体に残した悲しみが、しばらく涙を止めさせてくれなかった。私は研究所に戻ってみた。一度奥に引っ込んだポット君が出てきた。今度は悲しそうな顔を表示していた。


 ポット君、私と奈々子の区別つくんだ。

 ロボットなのに。


 そう話しかけたら、ポット君はほっぺたに丸のついた笑顔を表示した。そしてすぐキッチンに走っていき、コーヒーを持って戻ってきた。

 私はポット君に『どうやって私と奈々子を区別したの?』と聞いてみた。すると、

 

 ウゴキカタガチガウヨ。


 という電子音声が返ってきた。結城さんはどこにいるのと聞いたら、なんか楕円の目をしたゲッソリした顔を表示して黙られた。仲悪いんだな。

 そういえば、ポット君と2人?で遊んだことないなと思って、猫じゃらしの使い方を教えてみたら、かま猫が反応してくれてめっちゃウケた。動画撮って勇気に送ったら『俺がねこに同じことしたらシャーって言われる』という悲しい返事が来た。


 午前中、平岸ママと一緒にフラワーアレンジの教室に行っていた。たまには学校や研究所以外の人に会うのもいいかと思って。今回は助手ではなく普通に生徒として。若い子は私だけだったので、おばあちゃん達にめっちゃ話しかけられてお菓子もらったりした。私がスポンジにお花を刺してたら、奈々子が出てきて、無言で会場の人達ほとんどおばあさんを眺めていた。何してるのって聞いても反応しない。このあたりで気づくべきだったんだ、何か様子がおかしいって。


 生きたかった。


 もうそれは無理だと、本人もわかってるんだろう。でも、生きていたかった。きっとやりたいことがたくさんあったのに、あの、花をいけてるおばあさん達みたいに、人生をまっとうできたかもしれないのに。

 そう考えてたんじゃないだろうか。

 呼んで説教しようとしても出てきやがらないけど。



 ポット君にオセロを教えていたら所長が帰ってきた。まりえさんに、桜の枝の形をしたチョコをもらってきたので、写真取ってからポキポキ折って食べた。

 まりえさんとの交際は順調ですかと聞いたら『そういう関係じゃないよ』と言っていた。それから、幽霊達の未練について話した。

 ムカつくけど、やっぱり『もう一度生きてみたい』っていうのが彼らの願いなのかもしれない、ただし、


 新道先生だけは違いそうだね。

 高谷君に何か聞いてない?


 と所長に聞かれたのでカッパに連絡したら、


 先生は橋本と初島のことが何とかならないと気が済まないんだよ。それに、奈々子さんのことも教師として心配してるし。

 結局この3人、つながってるんだ。

 一人だけ解決してもダメなんだ。


 3人いっぺんに解決しなきゃいけないのか。どうしろと言うんだ。

 私は所長に奈々子の悪口を言ってから、『夕飯!』と怒鳴り込んできたあかねと一緒に平岸家に帰った。





 

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