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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年4月

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2017.4.28 金曜日 高谷修平

 修平は杉浦家の塾に参加していた。あいかわらず本だらけの空間で、四方から本棚が迫ってくるような気がして落ち着かない。

 しかも、伊藤が隣にいる。

 向かいに高条勇気と新橋早紀もいるが、2人とも自分の勉強に夢中で一言も発さない。

「君はさっきから全然集中していないな」

 杉浦だけがよくしゃべる。

「そんなことないって。人ばっか見てないで自分の勉強しろよ」

「いや、塾の開催者としては、参加者にきちんと勉強させる義務があるのでね」

「ウザい」

 早紀がつぶやいた。

「ていうかさ〜」

 修平が声を上げた。

「せっかくみんなで集まってんのに、一言もしゃべらないで勉強してたらさ〜、一人でやってんのと同じじゃん」

「そんなことはない。互いに切磋琢磨する姿を見せることでモチベーションが維持されるのだよ」

「一人だと気が散ったらすぐやめちゃうしね」

 伊藤が言った。

「人の目があったほうがきちんとすること、あるでしょ」

「そうだけどさ〜」

「いいから黙れカッパ」

 早紀が怖い目で修平をにらんだ。修平は黙った。

 それからしばらくみな黙々と勉強していたが、

「スマコンが、また原田先輩の本を見つけたって」

 伊藤がスマホを見ながら言った。

「また?あの人何冊隠してるのマジで」

 修平が言った。3年生になってから、図書室のあちこちに原田先輩の本が勝手に置かれていることが発覚していた。

「もしかしたら、今でもこっそり入ってきてたりして」

 伊藤が笑った。

「もはや不審者だよそれ」

「懐かしいな、原田先輩か」

 杉浦が話に入ってきた。

「あの人とはよく、世界情勢や政治について議論したものだ。だがどうにも強い者を好む傾向があってね。ドナルド・トランプが大統領になると予言していたよ」

「ほんとに大統領になるとは思ってなかった」

 早紀が言った。

「ちょっと怖いよね見てると」

 勇気も言った。

「私はヒラリーになってほしかったなあ」

 伊藤が言った。

「あんなに自由そうな国でも女性の大統領いないってちょっと嫌だよね」

 早紀が言った。

「日本じゃ、あと千年は無理そうだけど」

「千年はなくない?」

 修平が言った。

「いや、私、日本はイスラム教の国より女性が上に行けない国だと思う」

「なんで?」

「政治家がジジイだらけだから。『女に大学はいらん』とか平気で言う世代の人がずっと重要なポストに居座ってたら、価値観なんて変わるわけないし」

「新橋さん、首相になりたい?」

 伊藤が尋ねた。

「なれるもんならね」

 早紀が答えた。修平は正直やめてほしいと思ったが、女性差別と勘違いされて伊藤に嫌われたくないので何も言わなかった。

「じゃあまず知名度を上げるために動画撮らないと」

 勇気がおもしろそうに言った。

「何でも動画に結びつけんのやめて!」

 早紀はそう言いながら勇気の肩を押した。笑い合っている所を見ると、2人はうまくいっていそうだ。

「君達、そろそろ私語はやめて勉強に集中したまえ!」

 杉浦が手を叩き、みんな勉強に戻った。しかし、


「3年生なのに数学あるんだあ」


 早紀が変な口調で言った。みんなが早紀を見た。

「私が3年の時は、文系クラスに入ったから、数学の授業なかったんだよね。すごく楽だったんだけどなあ」

 奈々子さんだ!修平は慌てた。

「何の話かね?」

 杉浦がけげんな顔で尋ねた。

「あ、ごめん」

 早紀、いや、奈々子が言った。

「サキが眠たそうだったから、つい出てきちゃった」

 ──寝てたのか!

「出てきちゃダメです」

 勇気が厳しい顔と声で言った。

「お引き取りください」

「いやいや!待ちたまえ!」

 やっと事態に気づいた杉浦が嬉しそうに言った。

「90年代の女子高生と話せるなんて興味深い」

「女子高生って言うのやめて!」

 奈々子が叫んだ。声の大きさにみんなびっくりした。

「どっかのジャーナリストが女子高生だの援交だの言うせいで私達すごく迷惑してたの!道歩いてるだけで『君いくら?』って聞いてくる!ああいう言葉を作った奴はとっとと死ねばいいのに!」

「なるほど。確かに90年代は過去のモラルが崩壊した年代でもある。価値観の転換期だ」

 杉浦が偉そうに言った。

「『個性が大事』ってよく言われてた。でも今じゃそんな言葉めったに聞かない。みんなネットを見て同じようなもの買って同じような自己啓発の記事見て、同じような人になろうとしているように見える」

 奈々子が言った。

「そうかな。今より昔の方が、情報媒体がテレビと本しかなかったから、みな同じようなことをしていたのではないかね?」

「そう、そこが違うの。昔の人は同じものを見ながらそれぞれが違うことを考えようとしていた。今は、みんな違うものを見ることができるはずなのに、結局()()()()()みんなと同じ方向に行ってる。見た目は多様になったけど、意見は大多数に流される。ツイッターのリツイートやいいねの数に影響されて、自分の意見を変えてしまう」

「そんなことはない。今の多様性は──」

 2人が熱心にそんな話をしているのを、残り3人はじっと見守っていた。修平は『止めたほうがいいのか、言わせてあげた方がいいのか』判断がつかなかった。奈々子さんは普段表に出ないようにしているが、その分、言いたいことや不満がたまっているのかもしれない。

 杉浦がSNSの問題点について長々と語り始めた時、

「奈々子うるさい!杉浦うるさい!」

 突然早紀が戻ってきて叫んだ。

「幽霊の話に乗ってんじゃねえよホソマユ!!」

 それから早紀と杉浦が言い合いを始めたが、伊藤が止めた。

 勉強会はそこで強制終了となった。早紀は誰とも話したくなかったらしく、彼氏を無視して最初に出ていった。勇気が慌てて追いかけていった。

「大変興味深い話ができた」

 杉浦は一人ご満悦だった。

「また話したいものだ。そうだ、高谷の先生にもいつかお話を──」

「遠慮しま〜す!」

 修平は叫びながら逃げ出した。こういう政治や世の中の話はあまり好きではなかった。もちろん自分にもいろいろ思うところはある。だが、それを杉浦や早紀と話したいとは思わない。

 話したいのはもちろん──

「新橋さん、政治家に向いてるかもね。感情的にならないようにすることができれば」

 伊藤が帰り道で言った。

「無理だって。いっつも機嫌悪そうにしてるし」

「でも気が強いし、こういう言い方はよくないかもしれないけど、ご両親が有名人でしょ?」

「わがままな二世なんだよ。でもそれ、俺もそうだからあんま指摘したくない。でも甘やかされて育ったって一発でわかるよな、言動でさあ。ねえ、俺もあんな風に見えてんの?」

「甘やかされてる感じはした」

 伊藤ははっきり答えた。

「やっぱり?」

 修平は落ち込んだ。

「でも、産まれる場所なんて自分では選べないし、神は何か意図があってそういう風にお決めになったんでしょう」

「神か」

 修平は嫌になってきた。

「なんで俺こんなに体弱いのって神に聞いてよ。それに、伊藤は不満に思うことないの?何でこんなふうに生まれちゃったのかなとか──」

「それは常に思ってる」

 伊藤は前を向きながら言った。

「なんで、あんな母と弟が私の家族なのか、2人の怒鳴り声を聞く度に思ってる」

 少しの間、2人は無言で歩いた。

 バス停が近づいた時、

「それでも伊藤は、神がいるって信じてる?」

 修平は尋ねた。

「それとこれとは、別な次元の問題です」

 伊藤は言った。

「神は、全ての出来事を超えた所にいらっしゃる。私はそう思っているの」

 バスが来て、伊藤を乗せて走り去った。修平はバスが見えなくなるまでずっとそこに立っていた。まるで、別世界に行く人を見送るようだと思いながら。



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