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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年4月

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2017.4.24 月曜日 サキの日記


 数学週3日もいらなくね?


 と佐加が言った。内容も受験生向けになっていて、就職組はみんな『必要ないのにな〜』と思いながら授業受けてるらしい。


 受験生とうちらでカリキュラム分けてくれればいいのに。でも人数少ないからそんなことしてられないのかな。


 私は受験組だけど、数学やりたくないので、受験科目に数学がない所を受けようかと思ってる(けど、少ない)。

 今日は嫌々杉浦ん家の塾に参加した。勇気も一緒に来た。気まずいし、いちいち教えようとする杉浦はウザいし、いいことは何もなかった。ただ、修平と伊藤ちゃんが来ていたのが意外過ぎてびっくりした。図書室はいいのって言ったら『利用者が杉浦と新橋さんとスマコンだけになっちゃったから、もうセルフでいいかなって。私も受験生だし』と。今日、図書室はスマコンと保坂が使っているらしい。2人で作詞してるんだとかで、何書いてんのか想像するとちょっと怖い。また変な歌作ってるに違いないから。

 修平は勉強するフリをしながら伊藤ちゃんの方をちらちら見ていた。からかってやろうかと思ったけど、伊藤ちゃんを怒らせると怖そうだからやめておいた。

 勇気もずっと黙って勉強してて、何も言ってこない。だから私も勉強に集中したかったんだけど杉浦が『手が止まってるけど大丈夫かな?』とか言ってくるのがマジウザい。やっぱ一人で勉強したい。でも行くって言っちゃったし、伊藤ちゃんがここにいると図書室も使えないし。

 杉浦の家はあいかわらず本のカオスだった。気になる題名がいくつかあって、私は本を手に取りたい衝動と戦うのに苦労した。杉浦に知られたくない。知られたらまためんどくさいことになりそうだから。

 伊藤ちゃんは杉浦が図書室から借りたまま忘れていた本を見つけ『今度やったら貸出禁止にするぞ』と言って帰っていった。修平も一緒に出ていった。

 本だらけの空間で、『今日は動画撮らないの?』と勇気に聞いてみたけど、『うん』としか言わなかった。私と話したくないみたいだった。先に帰ることにした。

 なんか悲しい。勇気は冷たいし、杉浦はウザいし。

 また一日無駄に過ごしてしまったような気がする。

 

 夜、BBCの発音説明を聞きながら真似してたら、人の気配がした。

 振り返ったら、新道が壁から生えてきて、


 神崎さんと話したいのですが。


 と言った。今日はウザい奴の日なのか。

 奈々子はすぐ出てきて、秋浜祭で歌う話をした。とてもうれしそうだった。私はそれを見てイラッとしたんだけど、顔に出さないよう努力しながら、BBCのリスニングを続けた。

 2人はしばらく、私や所長、修平のふだんの生活の話をして『世の中は本当に変わりましたねえ』なんて言っていた。だけど奈々子が、


 私、ナギに最後に会った日のことを、よく思い出すんです。


 と言った。私はリスニングの音を止めた。


 何か話があるから明日音楽教室に来てって言ってたんです。でも私は行けなかった。行く前に初島に襲われて死んだから。


 その時のことを思い出したのか、奈々子はちょっとだけ言葉に詰まっていた。でもすぐに、


 考えてしまうんです。あの時何も起こらなかったら、どうなっていただろうって。なんとなく予感はしてたんです。告白されるんじゃないか、あるいは、歌をやめるなって言われるか、どちらかだろうって。私は──


 結城さんが気になりますか?今も?


 新道が尋ねた。


 生きていた頃は、ナギをそういう目で見たことがなかったんです。顔はきれいだけどものすごく高慢で嫌味で嫌な奴だったし。だけど今、もう何年も経っていい歳の大人になっているのに、未だにあのトッカータを弾いて、創くんの近くにいるのを見てると、何かあるって思わずにいられないんです。たとえ本人が否定していても。もしかしたらナギは昔から私のことが好きで、未だに私のことを想って苦しんでいるんじゃないかって。


 聞いているうちに、心の奥から不快感がわいてきた。『もうやめろ!出ていけ!』と言いそうになった。歌わせてあげる約束も全部なかったことにしてやろうかとすら思った。


 私もそうだと思いますよ。


 新道まで言いやがった。早く死ねばいいのに(いや

もう死んでるんだっけ)。


 でも、生きている者がどうするかは生きているその人自身の問題です。我々には見守ることしかできません。


 新道は静かに言った。奈々子は『自分にも何かできることがあるんじゃないか』と言っていたが、新道はそれをうまく止めていた。

 絶対に何もさせてやらない。

 私は思った。2人が消えてから、修平に今起きたことを教えた。


 俺は先生とは逆の意見なんだよ。むしろ幽霊達にも関わってもらった方がいいと思うんだ。俺達の人生に。


 また変なこと言い出した。


 考えてみなよ。幽霊っていうわかりやすい形で存在していなくても、死んだ人の存在は俺達生者に影響を与え続けてるだろ。昔の本の作者だってみんな死んでるけど、俺達は今でも彼らに何かと教わってる。どこの国にも死者を祀ったり、死んだ人の霊が帰ってくる祭りがあったりする。

 死んでも人との関わりは消えないんだ。

 まして俺達は幽霊と会話できる。相手は意思疎通できる存在で、俺らら否応なく影響を受けるし、こっちも相手に影響を与えてる。

 どうせ与え合うならいい影響にしたいだろ?

 だから嫉妬するなよ。奈々子さんと仲良くしな。


 最後の一行が余計すぎて、スマホぶん投げそうになった。

 否応なく影響を受けてる。

 嫌すぎる。

 私は結城さんに言いたかった。

『死んだ女なんか忘れて、私を見て!』と。

 今すぐなんだかわかんない森に行って初島を探し出し『なんてことしてくれやがったんだ!』とボコボコに殴り倒したい。全てなかったことにしたい。

 人を殴るところ想像してたら変に興奮してきて、さすがにまずいと思った。気を静めるためにコーヒーを飲んで、BBCのリスニングをやたらに聴いた。10日分くらい終わった頃には少し落ち着いたけど、怒りの残滓、あの、憎しみを感じた後に残る不快なもののかけらが、まだ残っていた。

 奈々子を助けるようなことはしたくない。

 でもやらなきゃいけないのか。いつか結城さんと仲良くなって私の体を乗っ取ったらどうしてくれるんだろう?奈々子は何でも新道に相談してるけど、私は誰に相談していいかわからない。いつもなら所長に話すんだけど、この醜い感情をあんな繊細な人にぶつけたくない。



 同じことばかり考えて悶々としてたら、朝の4時を過ぎてしまった。今日は一睡もしないまま学校行くことになりそう。何でこんな気持ちを抱えたまま授業受けなきゃいけないんだ。受験生なのに。勉強どころじゃない。

 いつかカントクが言ってたっけ。性欲は時に人生を壊すとかなんとか。

 あぁ、考えたくない。私のは純粋な恋心だと思いたい。でもリオは恋と性欲は切り離せないとか言ってたっけ。実際結城さんを見るとたまらない気持ちになる。何がなんでも手に入れたいって。

 そして私はまた彼氏のことを忘れてた。

 もうどうでもいい。

 やっぱり別れる。もう無理。わけがわからない。

 どうしてこんなややこしいことになってしまったんだろう?




 



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