2017.4.20 木曜日 サキの日記
勇気とケンカした。学校帰りに研究所に行こうとしたら止められて肩つかまれて怒って言い合いになった。勇気はあそこに行くのは危ないと言う。所長も結城さんも(そうだったらどんなにいいか)私を狙っているというのだ。なんて勘違いだろう。私は所長と結城さんにはそんな気一切ないと知っているのでそう言い張って、お互い一歩も譲らなくて、保坂が仲裁に入っていったん別れた。
もちろん私はそのまま研究所に行って所長と話した。研究所には、ショコラティエの本堂まりえさんが遊びに来ていた。かま猫と遊んでいるのを見てちょっと嫌な感じがした。
ここは私の場所で、
かま猫も私の猫だと思っていたのに。
保坂もそうだけど、他の人がここに来てるのを見ると落ち着かない。
でも、まりえさんはとてもかわいらしくていい人だ。今度チョコレート作りを体験してみないかと誘ってくれた。昔彫刻も勉強していたことがあるらしい。美術が好きで、その話もした。ロダンとカミーユ・クローデルのことがずっと気になっているらしい。『カミーユの映画いいよ。悲しいけど』と言っていた。今度探してみようかな。
まりえさんと所長、雰囲気がすごく似てる。2人とも小柄で散歩が好き。今日も春になって出てきた木の芽や草花の話をして笑い合ってた。付き合ったらいいカップルになりそうなんだけどな。まりえさんが帰ってから所長に聞いてみたら『そんな気は全くないよ』とそっけなく言われた。
たぶん本堂さんは、僕のことを『秋倉の変人』の一人くらいに思ってるだろうね。近所の面白い人。それは僕も同じだ。僕も本堂さんはすごい芸術家だと思ってる。
尊敬はするけど、変な気はないよ。
所長が『変な気』を起こす人って、どんな女の人ですか?やっぱりレティシアさんみたいな完璧な美女?
と聞いたら、黙ってシュネーにブラシをかけはじめてしまった。思い出したくなかったのかもしれない。悪いことしちゃったな。
結城さんは今日、ずっとラヴェルの『夜のガスパール』を通して弾いていた。所長はこの曲集を聞く度に『不気味だ。なんでこんなのが好きなのかわからない』と言う。スカルボは怪物だって前にどこかで聞いたことがある。
結城さんが戦ってる怪物って何だろう?
やっぱり奈々子のことを想って弾いてるのかな。
いろんなことにモヤモヤしながら、私は平岸家に帰った。もしかしたら勇気が言うとおり、私はもうあそこに行くべきではないんだろうか。でもそれは寂しい。
夕食の後スマホを見たら、勇気から謝罪のLINEが入っていた。だけど、やっぱり研究所には行ってほしくないそうだ。
やっぱりしばらく行くのやめた方がいいかな。
でも私がこの町に来たのは、所長が気になったからだ。それに幽霊のこともある。やっぱり所長に会わないわけにはいかない。
奈々子を呼んでみた。出てきた途端、
歌の練習はいつするの?
と聞かれた。目がキラキラしてわくわくした様子をしていた。歌える日が待ち遠しくてたまらないようだ。
言っとくけど、私の体使うんだからね。
こっちは負担なんだからね?わかってんの?
つい私は言ってしまい、奈々子はがっかりした様子で消えてしまった。悪いなと思って、佐加に『カラオケに行ける日ある?』と聞いてみた。
うちはいつでも行けるよ!
クラスのみんな誘って行かね?河合先生とか。
先生はやめといた方がいいし、杉浦を呼ばれたら困るので、呼ぶのは女子と奈良崎くらいにしておいてほしいと言っておいた。
やっぱり体貸さなきゃダメか。
怖いんだけどな。
なんでこんな霊媒師みたいなことをする羽目になったんだろう?初島のせいだ。だから初島のことを知りたいのに、橋本は何も教えてくれない。
そうだ、カラオケに所長を呼んだらどうだろう?歌ってるの見たことないし、もしかしたら橋本も出てこないかな、と思ったけど、
ごめん。僕はスピーカーの大きな音が苦手なんだ。
カラオケの音には昔から耐えられない。
橋本も音楽嫌いで聴かないから出てこないと思う。
と言われてしまった。音楽好きなのにカラオケの音が苦手ってどういうことだろう?なんだかとても生きづらそうだ。
そして私は学生の本分(勉強)を最近完全に忘れてたことと、今日は宿題がたくさん出てることを今思い出した。
どうしよう。もう10時なのに終わるかな?
受験生がこんなことしてちゃダメだよね?
明日からちゃんと勉強しよう。




