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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年4月

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2017.4.17 月曜日 高谷修平

 修平と伊藤はここ一週間、気まずい日々を送っていた。

 教室で席が隣になり、図書室でも一緒なので、学校にいる間はほぼ一緒にいることになってしまった。教室では他人の目を気にしてほとんど話せず、ただ、授業中もお互いのことが気になって仕方がなかった。

 授業が終わり、図書室に行ってから、やっと話を始める。それがここ一週間の2人の行動パターンになっていた。

「旧約聖書を読んだよ」

 図書室で修平が言った。

「旧約のどこ?」

「レビ記だったかな〜。『〜してはならない』が並んでる所。神様の言うことがかなり厳しくて驚いた」

「どこが?」

「『体に欠陥のある者』が祭壇に近づけないとか。今だったら障害者差別にならない?」

「古い時代のものだから。女の立場もすごく悪いし」

「牛とかヤギも『欠陥のあるものは捧げてはいけない』とか、厳しいよね」

「神に捧げるものだからなるべくきれいな状態がよいと思うのは別に変なことじゃないと思う。今でも仏壇につぶれたものとか置かないしょや」

「そう言われればそうだけど、俺自分が体弱いから、体の悪い人がどうこうって言われるとすごく気になる」

「なら新約でキリストがされたことを読めばいい」

「目の見えない人や病人を癒やしたんだよね。もう読んだ」

「体調は?」

「今日はいいよ。先生がずっと後ろにいるからうっとおしいけどね〜」

 修平はおどけた言い方をした。すると伊藤は、

「神は何のために、新道先生を高谷の所に遣わしたのかな?」

 と言い出した。修平はびっくりして先生の方を見た。先生も意外だったのか、目をぱちぱちさせた。

「伊藤、幽霊は初島が呼んだんであって、神が送ったんじゃないよ」

「そう?私にはむしろ、神がその初島って人を利用して、先生を送り込んできたんじゃないかと思える。だって、先生がいると体調がよくなるんでしょ?」

「いや、そうだけどさ」

「守護天使みたいなものじゃない?」

「またその話?前も言ってたよね」

 修平はそのイメージに笑ってしまった。

「『彼は私達の弱さを負い、病を担った(マタイによる福音書8−17)』」

 伊藤がなめらかに発音した。

「いや、あのさ、先生の天使説はとりあえず置いとこうよ」

 修平は言った。少々ついていけないと感じながら。

「部分的にしか読んでないけど、俺はこう感じた。旧約聖書の神があまりにも厳しすぎてついていけない人が出たから、救済措置としてキリストが現れたんじゃないかって」

「病のある人を癒やして、罪を代わりに背負ってくださるから?」

「まあ、そんな感じ?厳格な人が聞いたら怒るかもしれないけど、確かイスラエルの人が信じているのは旧約の方だよね?」

「それくらいで怒る人はいないと思うし、そんなに的外れな意見でもないと思う。神がキリストを遣わしたのは弱き人のためだから」

「俺が思い出すのは、一緒に病院に入院してた人達だよ」

 修平が言った。

「一生病院から出られない重い病気の子供がたくさんいるのに、世の中はそんなことはまるで知らない。病院にキリストが降臨して、みんなの病を次々と治すところを想像した。最初は気分がよかった。でもそのうちまた沈んできた。実際にそんなことは起きないから、絶対に」

「絶対に、とは言い切れないと思うけど」

「伊藤、一回病院に行ってみなよ。あの暗い病室で送る一生がどんなものか見てみなよ。俺の言いたいことがよくわかるから」

「でも、神は全ての人を見守ってくださる」

 今日の伊藤は少し変だ。まるで聖人のようなセリフばかり吐く。

「そうなの?俺らって、見守られてんのに病気になってんの?」

『修平君、そのへんでやめておきなさい』

 後ろの先生が言った。

『君は少々攻撃的になっている』

 修平はしばらく黙った。伊藤はしばらく修平の様子をうかがっていたが、

「私、修道女になりたいと思っていたの」

 といきなり言った。真面目な顔で。

「へ?」

 予想していなかった言葉を聞いて、修平は目を丸くした。

「この世のしがらみを全て捨てて、神にお仕えするの」

 伊藤は続けた。

「だけどよく調べたらね、修道の世界って上下関係が厳しくて、上の人から『ここへ行け』って言われたら逆らえないんですって。それに、イギリスの修道女の話を聞いたんだけど、修道院に入る時は、財産は全て共有財産として差し出して、年何ポンドかを支給されて清貧の誓いを立てるの。余計なものや本は持てないし、本を買い漁る余裕もなくなるわけ。私、ちょっと耐えられないかもと思ってるの。祈りや勤労ならいくらでも耐えるけど、上から命令されたり本が買えなかったりするのはちょっと──」

「そう!そうだよ!やめた方がいいよ!」

 修平は慌てて言った。宗教についてよく知らなくても『修道女は男性とは付き合わない』ことくらいは知っていたからだ。

「伊藤、図書館作りたいって言ってたじゃん。あれ?本屋だっけ?」

「そうなんだよねえ」

 伊藤はカウンターに頬杖をついて悩み始めた。

「ところで高谷」

「何?」

「聖書を読み始めたのって、純粋に魂に興味を引かれたから?それとも、私に言われて仕方なく?」

 伊藤はそう言って、上目遣いで修平の目を直に見た。

「え?あ〜」

 修平は言いよどんだ。

「なんていうか、両方?」

「あ、そう」

 伊藤はそっけない言い方をして、後ろの棚から『聖書とは愚かな人々の記録である』という本を取り出して読み始めた。

 修平は棚の整理のため奥へ行った。しかし、図書室に来るのが今や3、4人くらいになり、本の位置はほとんど動いていなかった。

「先生って天使なの?」

 修平はややふざけた調子で尋ねた。

『違いますよ』

 新道先生は言った。

『私は神に会ったことがありませんし』

「そうだよな。会ったことのある奴なんているかな」

『そういえばナホちゃんも、修道女に憧れていましたね』

「奥さんが?」

『清らかで、神に守られたイメージがあるからでしょう。俗世間から離れたいという気持ちもあったのかもしれない』

「ねえ、やっぱ奥さんに会いに行こうよ」

 修平は言った。

『そんな必要はありませんよ』

「だけどさぁ〜」

『伊藤さんがこちらを見てます』

 カウンターを見ると伊藤と目が合った。お互い気まずくなってすぐ目をそらしたが、なんとなく今までになかった何かを感じ始めていた。修平はひととおり棚を点検した後、宗教の棚へ行き、聖書を解説している本を数冊取り出して、テーブルについた。





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