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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年4月

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2017.4.15 土曜日 サキの日記


 岩保さんが秋倉に来た。勇気はカフェを『貸し切り』にして、カーテンを遮光の黒いものに取り替えた。その時、怒ったねこに引っかかれて左手にひっかき傷がついた。私はカフェが夜中のような雰囲気になるのが面白いと思って、ランプに照らされた店内の写真を撮った。すると勇気が私を撮り始めた。岩保さんまだ来てないじゃんって言ったら『準備の段階から記録しておきたい』と言った。

 岩保さんは友人の車でやってきた。その車にも黒いカーテンがつけられていた。はじめ岩保さんはスターウォーズの黒い人みたいなかぶりもので顔を隠していて、黒い手袋をしていた。日光に当たれない病気で、普段はあまり外に出ない。札幌を出るのは久しぶりだそうだ。友人は岩本という人で、あとで気づいたんだけど、この2人は双子のように顔がそっくりだった。でも『赤の他人』で『年齢も10くらい離れてる』という。

 岩本さんの方がよくしゃべる人で、岩保さんの普段の奇行(予算がおりると嬉しさのあまり変な声で笑い出すらしい)の話をした後、


 俺は霊感が強いから、幽霊が見えるかもしれない。

 実は自分が幽霊になったこともある。


 と言い出した。高校生の時に車にはねられて、その後、一年くらい幽霊になってどこかの湖の上をさまよっていたという。

 私は奈々子を呼んでみた。好奇心に駆られたのか、すぐに出てきた。すると岩本さんはすぐに『あ』と声を上げ、


 今、そこに人が立ってるよ。女の子。


 と言い出した。本当に奈々子が見えていたのだ。これにはみんなびっくりして、修平も新道を呼ぼうとしたんだけど、なぜか出てきやがらない。また森を探しに行ったのかもと言って、岩保さん達にモノクロの森の話をした。


 久方危ないな。そんなことしてたのか。


 岩保さんは所長を心配していた。『会いに行ってこよう』と言ったのでみんなで研究所に行った。この時も岩保さんは黒いかぶりものをして、岩本さんの車でできるだけ建物の近くまで行き、外に出る時間を少なくしていた。

 奈々子は、自分が見える人が出てきてうれしかったのか、ひたすら岩本さんの近くをふわふわ浮いて、何か話しかけていた。岩本さんはそれにきちんと答えていた。やっぱ奈々子って本当に存在してたんだと、私は改めて思った。

 今日は今年一番高い気温で、コートを着て歩いていると暑いくらいだった。朝あった雲は少しずつ減って、晴れ間がのぞいていた。所長は散歩に行ってるかもしれないと思った。

 建物には、結城さんが弾く暗いベートーベンが響いていた。


 なんだこのピアノ、うるせえな。


 岩本さんが言った。


 幽霊よりもこの音に怨念を感じるなあ。


 岩保さんも言った。1階にはだれもいなかったけど、窓に黒いカーテンがつけられていたのでびっくりした。所長も岩保さんのためにいろいろ用意していたことがわかった。テーブルの上にお菓子と本がたくさん置いてあって、『卵切らした。買ってくる』というメモが置いてあった。


 僕が卵好きなの覚えてたんだ。


 と岩保さんが言った。


 俺は嫌いなんだけど。


 と岩本さんが本当に嫌そうに言った。『子供じゃないんですから』と修平が余計なことを言った。ビスケットを開けてポット君を呼んだら、岩保さんを見てハートマークを表示して近寄っていった。そのままメンテナンスが始まったので、勇気と私がコーヒーをいれて持っていったところで、所長が帰ってきた。


 岩本君も来てたのか。


 所長はちょっと嫌そうな顔をしていた。その理由は後で聞いた。初めに会った時、所長のことを小学生と勘違いして、その後も小さい小さいとからかい続けたかららしい。話してる様子でわかるけど、岩本さんは思ったことを何でも口にしてしまうタイプだ。なんとなくADHDっぽい。


 橋本は岩本君が大嫌いだから、絶対出てこないよ!


 と所長は言うと、メンテ中の岩保さんを引っ張ってむりやり2階に連れて行ってしまい、他の人には『来ないで!』と叫んだ。2人で話したかったらしい。

 その頃やっと修平が新道を呼び出すことに成功し、幽霊2人と岩本さんが話すのを、私と修平で勇気とあかね(ネタ集めのために来てしまった)に説明した。幽霊2人は新たな話し相手ができて興奮したのか、今まで起きたことを一気にしゃべりだした。岩本さんはそれをじっと聞いていた。1時間くらい経って所長と岩保さんが戻ってきても、2人の話はまだ続いていた。


 今までいろんな幽霊に会ったけど、『他人にむりやり呼び出された』って話は聞いたことがない。ただ、初島のことは聞いたことがある。


 岩本さんが言い出したのでみんなびっくりした。


 俺の知り合いに『死んだはずの彼氏が生き返った』って言ってた奴がいるんだよね。よみがえらせたのが、初島。でもそいつ、別な妖魔との戦いで消えちゃって今はいないんだけど。


 なんでそんな大事な話を僕にしないのさ!?


 所長が叫んだ。


 いやだって、初島と関係あるって今日初めて聞いたし。


 岩本さんはそう言ってから私達の方を見て


 岩保も久方も、俺に初島の話してなかったんだよ?

 今朝初めて聞いたのよ俺。ひどくない?


 と言った。


 君達仲が悪そうだったから詳しい話しないほうがいいと思って。


 岩保さんが言い訳した。その後、なんやかんや言い合いが続いた。所長は珍しく本気で怒っているようだった。初島がからむと冷静でいられないのだろう。


 あの、とにかく、今初島がどこにいるか知ってます?


 修平が尋ねた。すると、岩本さんが迷ったような様子を見せた。


 知ってるんですか?


 私は聞いた。


 いや、最後に見たのは、ビルの爆破事件があった時で、それ以来会ってない。もう3年か4年くらい前。


 あ〜、そういえばありましたね。使われてない建物に犯人がたてこもって爆破したやつ。


 修平は事件のことを知っているらしい。『ニュースで見た』と。私は知らなかった。

 結局、初島がどこにいるかは謎。

 それからモノクロの森の話になり、みんなで『行かない方がいい』と所長に言った。でも所長は『でも、あの子を探さなきゃ』と言って譲らなかった。この様子を、勇気は一言も発さずに動画に撮っていた。


 ねえ、岩保さんのドキュメンタリー撮るんでしょ?

 幽霊の話いらなくない?


 と言ったら、急に本来の目的を思い出したのか、


 岩保さん、病気の話聞かせてくれます?


 と唐突に言い出した。そりゃないよと思ったけど、岩保さんは急にふられた話にちゃんと答えてくれた。生まれつき日に当たるとそこが火傷のようになり、外に出してもらえなかったと。だからずっと室内にいて、ロボットを作るのは小学生の頃からやっていると。その後にポット君の構造とかプログラムの説明をしてくれて、『感情のあるロボットを作る』という目標について聞いた。


 ポット君、橋本に襲いかかるんだよ。

 僕が怪我するからやめさせてよ。


 と所長は言った。しかし、


 何度も言ってるけど、僕はそんなプログラムしてない。


 と岩保さんは言った。


 単にポットがそいつ嫌いなだけじゃね〜の?岩保の所のぽっつーも俺を見ると八つ当たりしてくるから。


 岩本さんが言った。岩保さんの所にポット君がもう一台あって、『ポット君Ⅱ』なので『ぽっつー』と呼ばれているらしい。

 あかねがまた『人間と同じ感情を持った美少年のロボットはいつできるの!?』とか言い出した。すると修平が『俺達夕食の時間なんで帰りまーす!』と叫んで、あかねを引っ張っていった。私も手伝った。

 勇気は研究所に残って、今日は泊まりで岩保さんを撮り続けると言った。所長はちょっと嫌そうにしてたけど、岩保さんがいいって言ったので逆らえないようだった。私は勇気が余計なことを言わないか心配していた。私と所長のことを勘違いしているから。

 忘れていた問題を思い出してしまった。

 私、早く勇気と別れたほうがいい?

 そういえば結城さん、今日はずっとベートーベンを弾いてて、降りてこなかったな。岩保さん達とどんな話をするんだろう?それは後で動画見せてもらったらわかるかな。

 

 いろんな人生がある。病気で外に出れなかったり、事故のせいで霊感に目覚めたり、普通に生きてたのに突然殺されたり、幸せに生きてたのに幽霊になって困ってたり。

 寝ようと思ってベッドに横になったら、いろんなことを思い出してしまった。そのうち、心を静めたくて天井をじっと見つめていたら、いつかのあの感じが近づいてきた。

 宇宙に私一人だけが存在しているような、

 全てがそこにあって、かつ、何もかもなくなってしまったかのような。あの感覚。

 それは私に近づいてきた。でも、私がそれをつかもうと手を伸ばすと、急に消えてなくなってしまった。後には現実の、だるい私だけが残された。

 生きているって、どういうことだろう?

 暗闇の中に座って考えていると、


 眠れないの?


 奈々子の声が聞こえた。姿は見えなかった。


 私も今日話せる人に会ったせいで落ち着かないの。

 あなたも?


 不思議な感じがしたんだけど、すぐ消えちゃった。


 私はたまに感じる不思議な感覚の話をした。


 私も同じように感じたことある。なぜかいっつも、寝てて、天井を見ている時なんだよね。でも、待ってても来ない。不意に、予想していない時に来て、長くは続かず、すぐ消えてしまう。


 何なんだろうね、あれ。


 たぶん神を信じている人なら『神とつながった』って思うだろうね。つかの間の万能感みたいでしょ。私が全て、全てが私。


 全てっていうより『ひとり』って感じがするけど。私以外存在していないような。


 同じことじゃない?万能感って一人だからこそ生まれるものだし。


 神様は一人ぼっちなのかも。伊藤ちゃんに言ったら怒られそう。

 これって哲学と関係あるのかな。


 哲学をやりたいの?


 ううん、私が追い求めているものが哲学なのか文学なのかそれ以外なのかがよくわからない。


 私もよくわからない。でも、文学でしか表現できないことってあるよね。


 それはあるね。


 珍しく意見が一致した。

 人の中身はいつだって揺れ動いている。その、揺れ動く中で毎日を送っていく難しさ──文学が生まれ、文章というものができてから、人々はそれをいろいろな形で表現しようとしてきた。でも、まだとらえられていない何かがある。たくさんのペン先、行間からこぼれ落ちて、いまだかつて表現されていない何か。毎日の生活の中に確かに存在しているのに、未だに表現の網にかかっていないもの。

 私はそれをすくい取って、手のひらに乗せて眺めてみたい。


 奈々子は私の話をひととおり聞いてくれてから消えた。

 やっぱり私は文章をやりたい。この不思議を表現したい。

 そう思った。これは、動画やマンガにはできない、文章にしかできないことだと私は思う。

 でも私は、架空の話を書くのは苦手だ。だから文学は向いてない。

 エッセイ?日記?そんなもの世の中に求められてる?

 それで生きていける?

 急に不安になった。夜中なのにカントクにLINEしてしまった。すると起きてたらしく、すぐに返事が来た。


 それが自分の使命だと思ったら、儲かろうが儲かるまいがやるしかないわネ。生活のことは別に考えるの。バイトしながら自分の芸術やってる人はいくらでもいんのよ。マスコミはあんまそういう人を取り上げないけどね。

 サキちゃん、それが自分の使命だっていう確信はある?


 確信はないけど、他にやりたいことなんてない。私は昔からマンガにもアニメにも世の中にも興味がなかった。ただ『生きている不思議』みたいなものが知りたかった。


 じゃ、やりなさい。

 幸いあなたには新橋五月と二宮由希という強力なバックボーンがあるワ。他の人より生活条件は恵まれているはずヨ。


 私は恵まれている。ヨギナミみたいにバイトする必要がない。月一万円分本代が出てる。でも、そのことをよく忘れて、『自分は世界一不幸』みたいな感覚に陥ってしまう。


 それとサキちゃん。あなた小学生の頃よく『架空のシナリオ』を書いて見せてくれてたじゃない。未熟だったけど内容はぶっ飛んでておもしろかったワ。

『架空の話が書けない』なんてそれは思い込みネ。

 

 そうだったっけ?覚えてない。


 一回書いてみたら?


 私は昔書いたものを思い出した。確か、自転車で渋谷まで行こうとして途中で疲れちゃって公園で休んでたら、『遠くに行き過ぎて帰れなくなった女の子の話』を思いついて、慌てて帰って一気に書いたんだっけ。でもあれ最後は『親が迎えに来る』っていう超つまんない終わり方してたと思うけど。

 私はカントクに言われたこととか、昔考えていた妄想とか、いろんなことを頭に思い浮かべて眠れなくなった。久しぶりの夜中コーヒー。

 前はよく、一晩中起きてて、コーヒー飲んで、考え事してたっけ。平岸家に来てから生活リズムが整って健康になった。でも、昔考えていたような『とがった見方』みたいなのはなくなったと思う。

 大人になったってことなのかな。

 なぜか所長と話したくなった。こういうことを話せるの所長しかいない。でも今日は岩保さんと話してるかな。そういえば、どこでどうやって知り合ったかまだ聞いてない。勇気に聞いてもらおうかな。

 そうだ、勇気。

 私はこういう大事なことを、本当は彼氏に話すべきなのでは?

 でも、なぜか話す気になれない。こういう話をする相手じゃない。

 やっぱり別れたほうがいい?

 それとも、そういうことは気にしない方がいい?

 私はいつだってどっちつかずだ。

 でも確かなことが一つ。

 私は書きたいのだ。

 表現したいのだ。

 この人生を。







 


 


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