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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年4月

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2017.4.12 水曜日 サキの日記

 朝、というか夜中、スマホが鳴ったので見たら、


 今、ニューヨークにいます!


 と、サングラスをかけたリオの写真が届いててびっくり。実は前から留学してたんだって。何で行く前に教えてくれなかったんだ!と思ったけど、そういう私も東京に帰ってたくせにリオのことを思い出さなかった(ことに今初めて気づいて自分にびっくりした。2人のユウキのことばかり考えてたせいだ)から文句言えない。

 楽しそうだし、あの学校よりはアメリカの方がリオに合ってると思うけど、費用どうしたのかが気になる。今まで付き合ってたパパ達にもらったお金なんだろうか。

 私は華やかなリオと自分を比べて落ち込んだ。しかも今日体育の授業で、なぜか飛び箱やらされて、飛べなくて上に座ってたら『似合う』『かわい〜』と勇気や佐加に写真撮られ、どうして自分の人生はこんなにバカみたいなのかとますます落ち込んだ。スマコンが『学校がつぶれたらここの道具はどうなるのかしら』と南先生に聞いてるのもなんだか嫌だった。どこかに寄付するんじゃないかと南先生は言った。

 3年生。

 私達の、この学校の、最後の一年。

 昼休みにリオの話したら佐加がうらやましがっていた。前ニューヨーク行きたいって言ってたもんな。


 でもさ、一人で海外行くってすごくね?怖くね?

 うち日本でも知らない町行くのけっこう怖いよ?


 そう、リオはすごい人だ。いつもキラキラして、何で私と友達やってくれてるのか不思議なくらいだ。みんなが今の自分について考えてしまったのか、いつもより話がはずまなかった。佐加だけは『うちもいつか絶対行く』って気合い入れてたけど。

 うちのグループが掃除当番だったので、帰り残って、誰もいない校舎の中を一人で歩き回ってみた。古い。ところどころヒビが入ったり色褪せたり、昔使っていた機器が置きっぱなしになっていたりする。

 今まで、たぶん、何百人も、ここを卒業していったんだろう。昔は秋倉も今より人口が多くて、秋倉高校も何クラスもあったと聞いてる。

 私はかつてここにいた生徒達のことを考え、感じ取ろうとした。おしゃべりしながら廊下を歩いたり、勉強したり、進路を心配したり──私と同じような子達が通り過ぎて、今はだれもいない廊下が、どこか別世界に通じているような気がした。私はそこをゆっくり歩いてみた。でも、たどり着いたのは未知の世界ではなく、裏側の別な玄関で、そこにはなぜか勇気が立っていた。


 なんとなく、こっち側に来るような気がしたんだよね。


 と勇気は言ってニッと笑った。


『こっち側』って言い方、

 死の世界みたいで怖いわ!


 と私は言いながらも笑ってしまった。

 勇気はたぶん、私が感じようとしていたことがわかったんだと思う。この校舎の雰囲気とか『建物に残る思い出』みたいなものが。

 いい奴。本当にいい奴。

 なのに好きになれないのはなぜなんだろう?

 そこは鍵がかかっていたので一度正面に戻って、2人でカフェまで歩いた。すると、チョコレートショップの前に所長がいて、メガネをかけた女の人──本堂まりえさんと何か話していた。私に気づいてあいさつ代わりに手を上げたけど、近寄っては来なかった。


 あの2人、最近よく一緒に歩いてるの見るな〜。


 勇気が言った。私はそれがすごく気になった。所長とあの人、仲がいいんだろうか。いつのまに一緒に散歩するようになったんだろう?

 所長と散歩するのは、私だけだと思っていた。

 物事は変わっていくんだ。私だって彼氏がいる。でも、この町に来たばかりの頃の、所長と遊んだり話したりしてた頃が急に懐かしくなった。あれから一年ちょっとしか経ってない。でも、いろんなことが変わってしまった。

 勇気は、週末に岩保さんを迎えることで頭がいっぱいのようで、日光を防ぐ目に覆面みたいのかぶってるけど驚くなよとか、そんな話ばかりしていた。私は上の空で生返事しかしてなかった。たぶん勇気は気づいていなかった。

 何のために一緒にいるんだろう、私達。

 少し早めにカフェを出て、研究所に行った。所長はまだ帰ってなくて、結城さんが夕方の情報番組を見てた。ちょうどスイーツが画面に写っていたので、私を見るなり、『これ超うまそう!』と言った。


 久方なショコラティエの彼女とどっか行ったぞ。

 邪魔するなよ。

 久方が立ち直れるかどうかがかかってるんだからな。


 結城さんは偉そうに言った。


 結城さんはいいんですか、ここでテレビなんか見てて。


 やるべきことはやってるよ俺は。


 画面を見たまま言った。あいかわらずこっちを見てくれない。私はテレビの前に行って、『私を見て!』と言うところを想像したけど、実行するほどキレても狂ってもいなかったので、すぐ帰った。平岸家で夕食を食べながら、実行してたらどうなっていただろうと想像してぼーっとしてたら、あかねにからあげを2つ取られた。修平が『俺ちょっとでいいから』と3つくれた。

 修平、学校には来てるけど、元気なさそう。いつものふざけた感じが最近ない。新道と何か話してる?って聞いても、


 俺の体調の心配ばっか。

 心配なんて何の役にも立たねえのにな〜。


 と、気を遣われるのが嫌なんだろうな。




 寝る前に奈々子っぽい声が、


 私も飛び箱苦手だったなあ。


 と今頃体育の話してきて何だそりゃと思った。それ今言ってどうすんの?と思ったけど、誰かに話しかけたい気分だったんだろうと思ってスルーしてあげた。






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