表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年4月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

777/1131

2017.4.11 火曜日 研究所


 もう3年、正月にもお盆にも帰ってきてないやろ。


 電話で、神戸の母が言った。


 北海道でもつつじ咲くやろ。一度行ったことあるわ。


 咲くけどずっと先だよ。


 一度こっちのつつじ見に帰ってこんか?春が無理なら夏にでも。もうあまりにも長く会ってないから、あんたが本当に生きてんのか心配になるわぁ。


 生きてるから大丈夫だよ。


 久方はできるだけ元気な声で答えた。

 『消えたいから死者の森をさまよってます』なんて、

 この母には絶対に言えない。


 父ちゃんが代われって。


 ドキッとした。

 やっと『結城もういらない』が通じたのか?

 それとも母と同じように『帰ってこい』と言うのか?


 おぉ、元気か。

 

 父親の声は陽気だった。


 うん。


 知りたかったことは全部わかったのか。


 いろいろわかったけど、全部ではないね。


 まだ、橋本がなぜ死んだのか聞いていない。まだ、なぜあの人があんな人になったのかわかっていない。


 そうか。

 なあ、俺はお前が元気で暮らせてるなら、それでいい。


 父は言った。


 でもなぁ、母ちゃんが寂しがってる。

 たまには戻ってこれんか?


 考えておくよ。


 久方はそう言った。しかし、帰っていいのか自分でもよくわからなかった。自分にそんな権利などあるのだろうか。

 北海道に来たのは(無意識とはいえ)()()()()()()()なのに。


 父親が商売の話や、近所のおっちゃんおばちゃんの話をおもしろおかしく話すのを聞いた後、再び母が電話に出てきて、『またお菓子送るわ』と言って、通話は終わった。


 今の親?


 いつの間にか、後ろに結城が立っていた。


 うん。神戸の。


 そろそろ帰った方がいいぞ。


 結城は真面目に言った。


 そうだ!『もう助手いらない』って言うの忘れてた!


 久方はおどけて話をそらそうとしたが、


 そろそろ帰れよ。


 結城は話題を変えなかった。


 お前もう一人で生きていけるだろ。せっかく支えてくれる親がいるのに、こんな何もない田舎で何してんだよ?女子高生に片思いしてずーっと来るのを待ってて、自分からは動かない。

 もういっそ地元に帰って人生新しく始めろよ。

 そしたら俺もここを出ていく。


 別に僕のことなんか気にしないで、

 出ていけばいいじゃないか。


 そういうわけにはいかない。


 ねえ、幽霊達はずっと取りついたままかもしれない。彼らがいなくなるのを待ってても何も解決しないよ。サキ君達は成仏させる方法があると思っているけど、僕は幽霊を呼び出した大元の()()()をなんとかしないと解決しないと思ってる。


 だから変な森にこもってダメな母親を探してんのか?


 結城が尋ねた。久方は答えなかった。


 一人で何もかも解決できると思うなよ。

 俺は新橋達のやり方が正しいと思うね。

 たとえそれが的外れだったとしてもな。


 結城は部屋を出ていった。その後、またあのトッカータが聴こえてきた。


 僕に文句言える立場なの?


 久方は天井に向かってつぶやいた。


 自分だって内にこもってピアノ弾いてるだけじゃないか。奈々子さんのためだけに。それって僕がやってることとどう違うの?


 やめとけ、あいつに構うな。


 橋本の声がした。


 いいかげん何が起きたのか教えてよ!


 久方は叫んだ。橋本の声は消えてしまった。感情的な、駆け上がるようなピアノだけが建物内に鳴り響いていた。

 だめだ、この曲を聴かされたら集中できない。

 久方は今日は森に行くのを諦め、実際の世界を散歩しようと、コートを取って外に飛び出していった。

 狙ったように雨が降り始めた。

 久方は傘を取って玄関を出て、外に出た所でしばらく立ち止まり、雨粒が傘に当たる音と感触を楽しんでいた。春がもう来ている。積もった雪もこれでかなり溶けるだろう。その後には木々が芽吹き、草が生え、花が咲く。今世界はその過程の最中にある。

 僕はどこに向かっているんだろう?


 久方は思った。

 消えたい自分と生きたい自分、

 どちらが自然なのだろう?


 答えは明らかだ。

 なのに、自分の体の芯が、どうしてか、違和感を発していた。

 何かがおかしい、何かが違うと。

 でもその『何か』が何なのか、いつまで経ってもわからないのだ。






 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ