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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年4月

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2017.4.5 水曜日 サキの日記

 母が突然帰ってきた。そして『今日は一日一緒に過ごしましょう』と言った。明日私が秋倉に戻るから、最後の日くらいはということらしい。ロケはどうしたのと聞いたら『今日はお休みを取ったの』と言われた。たぶん嘘だと思う。また無断で出てきちゃったんじゃないかと思った。実際、一日に何度も電話に出たり、出ずに切ったりしてたし。私は放っといていいから仕事してほしい。

 母は朝来たので、とりあえず一緒にカフェに行ってモーニングを頼んだ。こういうの久しぶりとか言ってはしゃいでいたが、私は慣れているので同じノリにはなれなかった。母は知らないのだろうか、私がずっと一人で外で食事していたことを。いつもはどんなもの食べてるのって聞かれたから『似たような感じで、平岸ママの場合野菜は絶対もっと多く出すかな』と答えた。

 あまり会話は弾まない。

 一緒にどっか行こうと言われて、なぜか渋谷に行った。ここで、妙子を知っているファンが叫びだしたので、母はファンサービスであの怖い妙子スマイルを作ったり、記念撮影したりしてあげてた。私も一緒に写ってしまい、後でマスコミに載せられたりしないかすごく心配になった。『有名人の娘』という立場はあまり好きじゃない。実際『娘?似てな〜い!』『父親似だよね』と言われて、私は大いに傷ついた。我ながら子供っぽいと思うけど、昼過ぎまでふてくされていたので、せっかく行った高そうなランチの味も覚えていない。確か、母のマネージャーが好きな韓国料理の店だったと思う。辛かったのは覚えてる。

 疲れたので、純喫茶みたいな古い店に入った。椅子が四角くて壁に大きな古いスピーカーがついていて、レコードが大量に並んでいた。


 ちょっと前まではこういう店は古いとかダサいとか言われてどんどん潰れてたのに、最近若い人に人気らしいね。ここの客も若い人じゃない?ほら。


 母がよその席の若い子に向かって手を振った。向こうは明らかに引いていた。私は似た雰囲気の松井カフェを思い出したので、勇気の話をした。娘の彼氏の話を聞いたら妙子がどんな反応をするか、ちょっと興味があった。

 しかし母は、ひととおり話を聞いた後、


 私てっきり、サキちゃんはあの所長さんと付き合うことになると思ってたわあ。


 と言った。なんでみんな同じことを言うんだ。所長は友達だと改めて言っといたけど、母は『でも向こうはけっこう本気だと思うわあ』と言い続けた。

 みんな所長と私を誤解してる。

 その後話は『妙子スペシャル・ザ・ムービー』の話に移った。今まで以上にバカバカしくてスプラッタな話になっているようだ。そろそろ飽きられるんじゃないかと母は心配していた。ていうか、早く飽きられてほしい。それで、まともな路線に戻ってほしい。私は母にそう言った。母は、


 てっきりサキちゃんはああいうのが好きなのかと。


 今日は『てっきりサキちゃんは』を連発してる。最初は面白かったけど、そろそろ普通の役やってほしいと言ったら、『普通の役……?』と首を傾げて悩みだしてしまった。そこで私は気づいた。

 母は『普通』が何なのか知らないのかもしれない。

 小さい時から子役だったから。

 橋本や親友の死という地獄を見て、今までその残り火の中で生きていたから。


 普通の母親とかおばさんの役。できるよ。


 私は言った。確信が持てないまま希望だけを述べた。

 それから、奈々子と鳩サブレの話をした。私が好きなのはマカロン。鳩サブレは嫌いじゃないけど、それは奈々子の好きなものだと。


 やだ、知らないうちに娘が二人いたの?


 母はそう言って笑ってから、


 笑い事じゃなかった、ごめん。


 とすまなさそうにした。一応私に気を遣っているのだ。それはいいことなんだろうか。私にはわからなかった。普通の母親って娘に遠慮したりするんだろうか?けっこうズケズケものを言うんじゃないか。それも、私がドラマとか小説から得た勝手なイメージにすぎないのか。


 イメージ、イメージ。

『普通』を知らないのは、私の方かもしれない。


 夕方、予想どおり、母の付き人とマネージャー(なんで2人も必要なのか。母が気まぐれで目が離せないからか)がやっとうちにたどり着き、嫌がる妙子をロケ地へ強制連行していった。付き人は、前に母が持っていった池田晶子の本と、ます寿司を置いていった。だからなんでいつもます寿司なんだ!?

 サーモンピンクの平面を写真に撮って佐加に送ろうとした時に、その佐加からLINEが来た。


『創の様子がおかしい。毎日いなくなってる。

 早く戻ってこれないか』

 とおっさんが言ってた。


 またあの森に行ったのかも。私は佐加にモノクロの森の話をした。


 そんなとこ行ったの?サキ怖くね?

 戻ってこれなかったらどうしよとか思わね?


 と言われて初めて気づいた。戻ってこれない可能性もあるかもしれないと。所長に会ってから不思議なことばかり起きてたから、なぜか驚かなかったけど、あの森に入ってしまったことは、もしかしたら大変なことなのかもしれない。死者の領域に入ってしまったことになる。

 所長に『今何してますか』と聞いたら、


 結城が『ポットを捨ててルンバ買おう』って言ったせいでポット君が怒って暴走して、部屋の中が大変なことになってる。


 と。写真には、ソファーやテーブルがひっくり返って物が散乱している部屋が写っていた。

 大変だ。これはルンバじゃ片付けられない!



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