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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年4月

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2017.4.3 月曜日 サキの日記

 6日に秋倉に帰ることにした。本当は10日の始業式ギリギリまでこっちにいるつもりだったけど、勇気が『早く帰ってきて』って毎日のように言ってくるし、所長がまた自分を消そうとしているのが夢の内容からも感じられて(橋本と結城さんは何をしてるんだろう?役立たずすぎてムカつく)、早めに帰った方がいいと思った。飛行機が週末になると混雑するというのもある。

 今日、奈々子とけっこう長く話した。彼女は私の人生を全て見守ってきたので、小さい頃の、私が覚えていないような話も覚えていた。カントクの家の彫刻が倒れてきて下敷きになりそうになって、母がパニックになってめっちゃ怒ったとか(カントクはその彫刻を処分したそうだ)、私が赤い靴を欲しがって家政婦さんとかまわりの人に売ってる所を尋ねていたとか、はじめてスマホ持った日にやったのは、バカがふざけているのを写真に撮ることだったとか(その写真はたぶん前のスマホに入ったままだ)。


 とにかくお父さんとは仲いいよね、いつも。


 奈々子は言った。


 私も、母よりは父の方が話しやすかったかな。


 一度そこで奈々子は消えた。その後、私がバスルームの床を洗っていると、


 私、そういう手伝いとかしてなかったなあ。


 とまた出てきて言った。私が家を掃除している間、奈々子は何かしら関係あることをつぶやいていた。


 生きてた頃は、家族がいるのが当たり前で、何のありがたみも感じてなかったな。もっといい親だったらよかったのにって思ったりして。


 私もバスルーム使った後きちんと洗う父親が欲しい。


 アハハ。そうね、そういうもんだよね。もっといい親がいいって思うよね。私は、母が自分に似た妹ばかりかわいがるから、私のことは見てくれてないって思ってた。


 お母さんに会いたい?


 ううん、もう私のことは忘れてほしい。


 親が子供のことを忘れたりするかな?


 奈々子は答えなかった。私はバカの部屋にルンバを放ってからキッチンに行って、なんとなく気分で、コーヒーを2杯入れて並べた。


 私の分もいれてくれたの?


 お供え。作家のコーヒーの本に書いてあった。死んだ夫のために、好きだったコーヒーをお供えしてる妻がいたの思い出した。


 私、コーヒーなんてほとんど飲まなかったよ。

 いつも飲んでたのはほうじ茶。


 おばあちゃんじゃん。コーラとかは?


 健康に悪いって本で読んで、それでお茶しか飲まなくなったの。


 本で。


 ネットなかったもん。テレビと本が世界の全て。そういえば新道先生が言ってたな。

『君達は、現実の世界より、マンガやアニメの世界の方が本当だと思っていませんか?』って。


 河合先生も同じこと言ってた。


 そっか。今も同じなんだ。エンタメ・創作物。今はネットも。作り物の世界にずっと夢中になっていて、自分の人生なんて見てない──あの時代だけじゃなくて、今もそうなのかな。


 やっぱり人生やり直したいと思う?


 私は怖いと思いながら尋ねた。『やり直したいから体よこせ』とか言われたらどうしようと思って。それか、奈々子が妙子みたいに悪魔化して私に襲いかかってくるところを想像したりして(さすがにそれはないと思いたい)。


 そうだなあ。


 奈々子は少し考えて言った。


 やり直したいとは思わないかな。


 意外な答えが返ってきた。


 私の人生、そんなに悪くなかったから。殺されたこと以外は。ただ、オペラ歌手になれなかったのは心残りだけど。


 やっぱり舞台で歌いたい?


 うん。


 そっか。じゃあ仕方ないな。秋浜祭は。


 いいの?


 奈々子が顔を輝かせた。


 いいよ、仕方ない。そん時だけね。


 私は仕方なく言った。すると奈々子は『わあ〜』と声をあげて喜びながら手を叩く仕草をした。


 心残りはそれだけ?結城さんは?


 私は一番聞きたかったことを聞いた。奈々子は結城さんとどうしたいのか。


 ナギ、人生を投げてるよね。


 奈々子は急に沈んだ様子になった。


 創くんもひどいけど、ナギだって似たようなもの。どうしてあそこにこもって一人でピアノ弾いてるのか──


 あんたのトッカータのためじゃん。わかってんでしょ?


 私はちょっとイライラして言った。


 たぶんあのトッカータを完成させたいんだよ。それがどうしたらできるのか。あんたが出てって『これでいい』って言ってやればいいじゃん。そしたら結城さんはあの曲から開放されて、ピアノ狂いもやめられるかも。


 でも今のナギのトッカータは、あの時のものとは違う。


 違ってもいいじゃん。嘘でも『あの時のトッカータだ』って言ってあげれば。


 ダメ。音に関しては、ナギに嘘は通用しない。


 しばらく説得しようとしたんだけど、奈々子はこの一点については一歩も譲らず、しまいには話すのがめんどくさくなったのか、私がしゃべってる途中で消えてしまった。私はしばらくわめいてから、佐加に『秋浜祭に出るわ、奈々子が』とLINEした。


 もうバッチリ伝えてあるから大丈夫!

 あれからまた衣装のデザイン考えてみたんだけどさ〜。


 今度はゴスロリみたいなのを送ってきたので『もっとシンプルにして』と言っといた。歌うのは奈々子でも見た目は私だ。フリフリのレースとかフリルは私に合わない。

 その後近くのカフェに出かけて、一人時間を満喫した。どこに行っても一人なんだけど、世の中に出ても一人でいられるのは匿名性が高い都会ならではだ。秋倉ではどこに行っても知り合いに会うし。

 でも、そろそろ佐加とか、平岸家が恋しくなってきた。最近料理サボって出来合いのものばっかり食べてるせいかもしれない。平岸ママの食事が恋しい。ウザいカッパやあかねがいる食卓が懐かしい。すぐ戻るのに。

 私はスーパーまで行って、牛肉とサラダを買ってきた。『ステーキの焼き方』をググって自分で焼いて食べた。夜8時頃になってカントクから『久しぶりにみんなと遊ばない?』と連絡が来て、劇団の人達と久しぶりに会った。さわのんとかリカちゃんもいた。みんな私に会って喜んでくれたし、会ったことのない新人2人ともわりと仲良く話せた。そのうち一人から、


 新橋さんって、家でもあんな感じですか?


 と真面目に聞かれた。そうなんです。バカはどこでもバカなんですと言ってたら、何とそのバカ本人がテーブルの下から出てきて私に襲いかかってきた。ドッキリだった!悔しい!びっくりしすぎて思いっきり蹴りまくってしまい、バカはしばらく痛いと言っていた。自業自得なので謝る気はない。

 そして一緒に帰ってきて、今、奴が家の中を歩き回ってガサゴソしてる音がうるさくて眠れない。なんか毎回同じこと書いてる気がする。でもこれがうちの父親なのだ。

 私は奈々子が言っていたことを思い出した。『親がいるのは当たり前だと思っていた』本当は当たり前じゃない。『殺されても死なない』と豪語するバカだって、いつか私より先に死ぬ。そう思うと騒ぐ音も愛おしい──とか文学だったら書くんだろうけど、やっぱり何かひっくり返してて怪しい。ちょっと注意しに行ってくる。






 

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