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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年3月

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2017.3.31 金曜日 サキの日記

 信じられない。『奈々子がいてよかった』と思うようなことが起きるなんて。


 古本屋街に行くつもりで駅に向かっていた。すると、畠山が──私は本人だと思うけど奈々子は『絶対違う人』だと言い張る──駅の入口に立っていてこっちを見ていた。

 私は走って逃げ帰った。部屋に戻ってからも動悸と恐怖が止まらない。家の中をうろうろしてたら奈々子が目の前に出てきて、


 大丈夫、あれは畠山じゃない。似てるけど別な人。

 落ち着いて。


 と言った。私ははっきり本人を見たので『本人だ』『違う』『またつきまとってきてる』『それはわからない』と言い争いをした。あいつはまだ私につきまとって何かしようとしている。私にはそうとしか思えなかった。でも奈々子は『違う人だった』と言い張る。常に一緒にいるから見てたとかなんとか。

 言ってることには納得できなかったけど、奈々子に感情をぶつけてるうちに落ち着いてきた。でも、思い出してしまったことはなかなか頭から離れてくれない。あいつが言いふらしたバカバカしい噂、ネットの炎上、クラスの冷たい目。

 

 おバカさんか、お母さんに連絡してみたら?


 奈々子は言った。私はそれはできないと思った。2人とも、今日は大事な舞台と撮影がある。


 でも、子供が大変な時、親と話したいと思うのは当たり前のことでしょ?『今日こんなことがあって不安だった』くらいは伝えてもいいんじゃない?


 奈々子は言った。そして、


 あなたはたぶん、もっと早くそうするべきだった。


 と言った。すごく寂しそうな顔で。


 もっと小さい頃に、親に『そばにいてほしい』『かまってほしい』と言うべきだった。

 遠慮を学ぶのが早すぎたのね。

 私もたぶん同じ。もっと親にちゃんと話しておけば──


 話してるうちに悲しくなったのか、奈々子は消えた。そういえば、奈々子は家族と仲が良くなくて、夜中に家を抜け出したりしてたんだっけ。

 私は少し休んでから、また外に出た。やっぱり古本屋街に行きたかった。

 駅にはもう、畠山はいなかった。

 でも、電車や地下鉄の中で同年代の男子を見つけるたびにビクビクした。『似た人なんていくらでもいる』と自分に言い聞かせて、なんとか神保町にたどり着いた。そしたら、しばらく昔のことは忘れることができた。大好きな本がたくさんあるだけでなく、並んでる店のレトロな雰囲気もいい。無駄に通りをうろうろしてから、気になるところに片っ端から入っていった。

 道沿いの壁いっぱいに本が並ぶ様子を見て、杉浦家の廊下を思い出したりした。悔しがらせたいと思って写真を杉浦に送ったら、探してほしい本のリストを送られて困った。一応店主に見せて回ったら3冊見つかった。どれも50年は前の古くて変色してるでかくて重い本ばかり。なんで杉浦のために重いもの持って歩かなきゃいけないんだと思って、郵便局から送りつけた。これで奴には大きな貸しができたので、こんど会った時は言うことを聞いてもらう必要がある。

 そのあと自分でもほしい本を見つけすぎて、また郵便局に行った。こっちで読めそうな分だけ持って帰った。カフェに寄りたかったけど荷物が重いのですぐ帰ることにした。

 畠山の幻影は、もう現れなかった。


 帰ってから、奈々子に言われたことを思い出した。母は遠くにロケに行っているので、『神保町が天国だった』とだけ送った。


 やっぱりサキちゃんは本屋がないと生き生きしないわねぇ。

 

 と返ってきた。接する時間は少なかったのにそれだけはわかってるんだな。でも私はまた、本屋のない秋倉に帰らなきゃいけない。

 バカには少しぼやかして今日起きたことを伝えた。返事来ないので仕事中だろうと思って部屋で本読んでたら、夜の10時に帰ってきた。私は古本屋で見つけた、奴の好きな劇作家の本を渡した。それから、


 お母さんが『歳をとったら怖いものが増える』って言ってた。私それ今日わかったような気がする。畠山のせいで怖いことが増えて、私はこれからもずっと奴に似た人を見るたびに怖がらなきゃいけないのかなって。

 それってすごく嫌なことだなって。


 という話をした。


 怖いものを知ると怖くなるってのは由希が実際に体験したことだからなあ。でもな、由希は『新橋五月はこわくない』『人はそう簡単には死なない』ということも学んだぞぉ。


 バカは妙に自信ありげに笑った。


 怖いことを学んだら、怖くないことを学べばいい。


 うわあ、バカらしくない。真面目にいいこと言ってる。


 何だよォ、


 俺だって日々学んでふざけて生きてるんだぞぉ。


 ふざけてんのかい!


 こんなおバカなやりとりをした。話してよかった。でも、『由希には言わない方がいい。心配してロケを投げ出して飛んでくる可能性があるから』と言ってた。それから、もっと驚く話を聞かされた。


 実はさ、前の学校でいじめが発覚した時、由希はドラマのロケをサボってこっちに戻ってたんだよ。一緒に学校に行った日あったろ?本当はあの日、秋田でロケだったんだよ。もう大騒ぎだったんだって。俺まで向こうのスタッフから電話されまくってさあ。


 そうだったんだ。

 母が心配性なのは知ってる。私が熱出した時も帰ってきてそばにいてくれた(ただし、りんごむく以外何もできないので、役には立たなかったけど)。娘を避けていても心配はずっとしてくれていたんだなと思った。

 バカはまた出かけていった。たぶんテレビ局に戻ったんだろう。

 また一人になった。でも全然寂しくない。むしろ安心していられる。私は買ってきた本をまた読んだ。

 ふと、奈々子のことを思い出した。今まで歌とか結城さんのことばかり聞いてたけど、家族に会いたいとは思わないんだろうか?


 あんた、家族に会いたくないの?


 私は大声で尋ねてみた。


 いるでしょ?お母さんとかお父さんとか妹とか。


 返事はなかった。

 スマホを見たら勇気から『いつ帰ってくるの?』と質問が来てた。

 私が男子を怖いと思うのは畠山のせいだ。触られたりするのが怖いのも。でも勇気は怖い人ではないはずだ。

 来週帰ると返事しておいた。まだはっきりした日時は決めたくなかった。

 母がバカを見つけたように、私も『怖くないもの』を見つけたい。

 結城さん。そうだ、結城さんは──ちょっと怖い。大人だからか。態度が悪いからか、美しすぎるからか。でもその『怖い』は畠山の『怖い』とは違う。惹かれる怖さだ。

 私また結城さんのことを考えてる。彼氏は勇気なのに。遠く離れても2人のユウキ問題は解決しない。私がきちんと決めなきゃいけないんだ。でも決められない。

 所長から、


 建物のそばにクロッカスが出てきたよ。早いね。

 もう春が近づいてる。


 と写真が来た。こっちはもう桜咲きましたよと言ってやりたかったけど、今日はやめた。北海道と東京では季節が違う。

 明日、花の写真を撮りに行こう。

 それで、所長に送ろう。





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