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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年3月

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2017.3.30 木曜日 図書室 高谷修平

 先輩達もいなくなった。

 今日から図書室には俺と伊藤しかいない。

 修平はそう思いながら図書室に向かっていた。今日は年末の一斉点検をする日だった。伊藤と何を話そう?最近よそよそしいけどどう接したらいいのだろう?考えを巡らせながらドアを開けた。


「あら、遅いわね。もうみんな集まっていてよ」


 スマコンがいた。席には奈良崎と保坂までいた。つまり、第2グループが集まってしまっていたのだ。

「お前らぁ」

 修平は思わず本音を口に出した。

「なんでここにいるんだよ!?」

「あら、伊藤の手伝いをしに来たに決まっているでしょ?」

 スマコンがニヤけた。

「第2グループ最近集まってなかったから」

 と保坂。

「お前顔色悪いよ。大丈夫?」

 奈良崎が尋ねた。

「朝からスマコンに会ったせいだって」

「まあ失礼ね」

「みんな集まって!」

 カウンターにいた伊藤が手をパンパンと叩いた。

「これから、この分類どおりに本が並んでいるかチェックします」

 伊藤がコピーした分類表をみんなに配った。

「保坂は奥の文学から。奈良崎は窓際の雑誌から。スマコンは博物誌からお願い」

「は〜い」

 言われた3人は持ち場に散っていった。

 伊藤はカウンターから動かず、無言で分類表を眺めていた。その様子は、宝の地図を見る船長か、作戦を立てる司令官のようだ。

「あのー」

 修平はとまどっていた。

「俺は無視?」

「高谷、具合悪いでしょ」

 伊藤が顔を上げて、修平をまじめな目でじっと見た。修平はたじろいだ。

「いや、そんなことないって」

「顔色がよくない」

「いや、確かに昨日は寝てたけどさ、それは一昨日先生がいろいろあったからで」

 修平は新道先生の話をした。モノクロの森で久方に会ったが、向こうの力で追い出されてしまった話だ。

「所長さん、今でもお母さんを探してるの?」

「そうらしいよ」

「自分を虐待した人なのに?」

「そうなんだよね〜」

「あり得ない」

 伊藤は心の底から不思議がっていた。

「それで、あなたの先生は邪魔だから排除されたってことね。どうするの?これから」

「どうもこうもないよ。先生が行けないとなると──」

「ねえ、私思ったんだけど──」

「伊藤ちゃん」

 保坂が本を持って近づいてきた。

「文学の棚に、原田先輩が書いた本があるんだけど」

 その本には『名作』と書いたふせんが貼ってあった。

「あーそれ原田流の別れの挨拶だからほっといていいよ」

 伊藤が言って笑った。

「あとで分類シール貼ってあげようよ」

 修平も笑いながら言った。

「じゃ、ここに置いとくべ」

 保坂は本をカウンターに置き、文学の棚に戻っていった。

「で、私思うんだけど」

 伊藤が修平に向き直った。きれいな顔だなと修平は思った。

「その初島って人、もう死んでる可能性はない?」

「えっ?」

「だって、たまに出てくるのに、どこを探しても見つからないんでしょ?しかも殺人で指名手配されているのに、未だに見つかってない。おかしいと思わない?もしかしたら、その人はもう死んだか殺されたかして、高谷が会ったのは幽霊ってことはない?」

「そりゃねえよ。だって博多で会ったときはカフェ利用して代金払ってたし」

「そう?でも、この世界ってけっこう不思議なことが起きるものじゃない?」

「伊藤の言うとおりよ」

「わあっ」

 カウンターの下からいきなりスマコンが生えてきたので、修平はのけぞった。

「もしかしたらその初島さんは、生きていた頃の無念さから地上を徘徊しているのかもしれなくってよ?成仏させるには願いを聞いてやらなくては」

「ダメだって!初島は久方さんを消そうとしてるんだから!」

 修平は慌てて言った。

「じゃあ、考えを変えてもらうしかないわね。それか、何か別の目的があって出てきているのかもしれないわ」

 スマコンは言いながら自分の持ち場に戻った。

「初島はまだ生きてると思うけどなあ」

 修平は言った。

「それより俺も分類するよ。一番奥でいい?」

「ほんとに大丈夫なの?」

 伊藤が尋ねた。

「大丈夫だって!」

 修平はうんざりしながらカウンターを離れた。入れ替わりに奈良崎がカウンターに近づいてきて、

「これおかしくない?草刈り機の広告に水着の美女がいる」

 などと、どうでもいい話を始めた。

 そういえば、あかねが言ってたな。スマコンと奈良崎も伊藤が好きだからライバルが多いって。

 修平は分類を確かめながら、こっそり保坂に近づいた。

「ねえ」

「何?」

 保坂はラフマニノフの伝記を熱心に読んでいた。

「分類しろよ」

「あ、ごめん。つい読みふけった。これ後で借りるべ」

「あのさあ、奈良崎って、伊藤のこと好きなの?」

 修平が小声で聞くと、保坂はニヤけた。

「そんなのクラス中が知ってる常識だべや」

「えっ……」

「俺困るんだよ。どっちを応援していいかわからないべ」

「あのさあ、俺は別に──」

「言わなくてもバレバレ。お前のこともクラス中が知ってる」

「えぇぇぇぇ」

 修平は顔をしかめた。

「先輩達が賭けをしたがる気持ちもわかるべや。そうだ、体調いいんなら明日奈良崎ん家でバンドやらね?ドラムあるから」

「いいね」

 修平は元の場所に戻った。平静を装っていたが気が動転していた。クラス中が自分の気持ちを知ってる!

 つまり、伊藤も知ってるということだ。

 修平は本棚の影からそーっとカウンターを見た。伊藤はそこにはいなかった。探すと、宗教の棚をチェックしていた。声をかけようかどうか迷っていると、伊藤は聖書を取り出し、中を見始めた。

 やっぱり神を求めてるのかな、伊藤は。

 修平はもとの場所に戻って分類チェックを再開した。すると、伊藤が聖書を持ったまま近寄ってきた。

「高谷」

「ヒイッ」

 修平は驚いて分類表を落としそうになった。

「どうしたの?」

「な、何でもないよ」

 修平はごまかすように笑った。

「何?」

「聖書の中で、知ってる話、ある?」

 伊藤の目つきは強く、暗くて、真剣だった。

「えっ、あ〜、キリストが生まれて3人の賢者が来た話なら知ってる」

「あとは?」

「海を割った人の話」

「モーセね」

「ごめん、それくらいしか知らない」

 修平が正直に言うと、伊藤は不満そうな目を向けてから、

「本はほとんど読み尽くしたようなことを言ってたのに、『一番有名な本』を読んでないんだ」

 と言い、

「子供向けでもいいから、聖書物語を読んでください」

 と言って去っていった。

 何だ、今のは。

 修平は混乱していたが、しばらくして落ち着いてくると、『布教したくなっただけかな』と思って落ち込んだ。気分を奮い立たせるためだけに分類に集中した。

『君は聖書を読むべきだな』

 新道先生は声だけで言ってきた。

『伊藤さんを理解したいなら』

「そう思ってはいたんだけどさあ」

 修平は嫌そうに言った。

「いや、俺、一回、旧約の方は読もうとしたことあるんだよ。先生も知ってるよね」

『人の名前ばかり並んでいて嫌になったという話ですか?』

「そう」

『なら、新約だけ読んでは?』

「そうだなあ」

 気は進まなかった。しかし伊藤が自分にその話を振りたがっている。読むしかないだろう。

 修平は暗い気持ちで宗教の棚に向かった。聖書は元の場所に戻されてそこにあった。ため息をついてから、そのぶ厚すぎる書物を取り出し、カウンターに置いた。伊藤は目を丸くして驚いていたが、何も言わずに貸し出し手続きをしてくれた。

 そのうち奈良崎がまた『ドーナツ持ってきたから食おう』と言い出して、図書室の集まりは単なるおしゃべり会になってしまった。主にスマコンと保坂が面白おかしい話をするのを聞きながら、修平は時々伊藤を見た。伊藤は普通におしゃべりに興じて笑っていた。先程の暗い様子は微塵もうかがえなかった。

 自分にだけ見せようとしている何かがある。

 修平はそう感じた。そして、胸が高鳴った。ライバルは多いが、チャンスは自分に回ってきている。そう感じた。

 しかし、それを活かすには、まず『神を理解する』という大仕事が待っていた。









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