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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年3月

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2017.3.29 水曜日 サキの日記


 大人になると、怖いものが増えていくのよぉ。


 母は言った。


 なぜかというとね、この世には怖いものがあるって知っていくからなの。ほら、勇敢な人のことを『怖いもの知らず』って言うじゃない?子供なんかみんなそうよね。社会や人の怖さを知らないから、言いたいことズバッと言っちゃったりする。

 子供が怖いもの知らずなのは、言葉どおり、知らないからよね。だから、歳を取れば取るほど、物事を知れば知るほど、怖いものが増えて、臆病になっていく。


 お母さんにとって、最初に知った怖いことが、橋本の死だったの?


 私は尋ねた。母はしばらく考えてから、


 それと、幸平の死ね。


 と言った。幸平というのは、子供の頃の子役友達のことらしい。


 仲良くしていた人が立て続けに死んだ。しかもどちらも自殺みたいな形で。今でもなぜかははっきりとわかっていないの。だけど私は、自分と仲良くなった人はみんな死ぬんじゃないかと思った。だから、学生時代は人を遠ざけていた。


 でもバカが出たと。


 出ちゃったのよねぇ。


 母はおかしそうに笑った。


『俺は殺されても死なないから大丈夫だぁ』なんて言っちゃう人がね。そういえば新橋はよく『幸平の幽霊に嫌がらせされて大変だったんだぞ』とか言ってるけど、あれって本当なのかしらねぇ。


 十分あり得るよ。だって幽霊は本当にいるから。


 私が言ったら、母は、


 旭ちゃん、何か昔のこと話してた?


 と不安げに尋ねた。それより、私に取り付いてる幽霊のことを心配してよと思った。目の前に幽霊に取り付かれた娘がいるのに、私のことは心配じゃないの?娘が幽霊に乗っ取られたらどうするの?

 でも私はそんなこと言えなかった。代わりに、所長やヨギナミから聞いた橋本の話を一通り教えてあげた。


 髪の色なんて、気にする人がおかしいのよ。


 母はそう言ってから、またあの女優の笑みを浮かべて、


 サキちゃん、とうとう3年生になるのよね。


 と言った。私は走って逃げたくなったけど、『目の前においしそうなマカロンと鳩サブレがある!』と自分に言い聞かせ、むやみに鳩サブレとマカロンを食べてその後の会話をしのいだ。どちらも母が、私の好物だと思っているもの(マカロンは正解、鳩サブレは間違い。嫌いじゃないけど)だ。


 ごめん。鳩サブレは私のせいなの。


 後で奈々子が謝ってきた。こっちに来て初めて出てきた。私が子供の頃、誰かが鳩サブレを持ってきた。それは奈々子の好きなものだったので、つい私の体を使って手を出してしまったとか何とか。私が怒って本をぶん投げたら、奈々子は消えた。『今の音なあに?』と母が部屋にやってきた。本の整理してただけと私は答えた。

 夕方にバカが帰ってきて、夫婦だけの時間が始まってしまった。私はなんとなく晴れない気持ちで外に出た。街にはいろいろな音と光が溢れていた。所長がこの街を見たらなんて言うだろう?やっぱり耐えられないだろうか。でも神戸だって都会だ。たぶん歩くくらいならできるだろう。

 昨日から勇気がしつこく『久方さんのこと好きなの?』とか『向こうは勘違いしてるから話し合った方がいいよ』とか『あそこに行くのやめろ』とか言ってくる。うざい。私と所長はそんな関係ではない。どうしたらわかってもらえるんだろう?出会った頃からの経緯はもう説明したんだけど、うまく伝わらなかったどころか、『そんなに長い間一緒にいたの?』と逆に疑念を深めてしまった。

 別れたい。

 でも言えない。

 せっかく離れた場所に来てるのに、LINEが容赦なく追いかけてくる。佐加からは『ステージ衣装デザインしてみた!』と図案が送られてきた。気が早すぎる。『こんなもん絶対着ない』と勢いで返事しちゃって、その後連絡がない。もしかして傷つけちゃったかな。あとで謝ろう。

 帰ったら家は静かだった。2人でどこかへ行ってしまったらしい。私を置いて。うちの家族って何なんだろうと思ってたら、LINEで、


 明日みんなでディズニーランド行くピョーン!


 とバカが言ってきた。全然楽しみじゃない。ゆううつ。私はラブラブ(あかねの古臭い口癖が私にうつった!)なお子様夫婦のお守りをして春休みを過ごすのか。やっぱり帰ってくるんじゃなかったかも。

 所長と話したい。研究所が恋しくなってきた。

 結城さんに会いたい。

 冷たくてもいいから姿だけでも見たい。

 私やっぱりどこかおかしいのかな。





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