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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年3月

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2017.3.26 日曜日 サキの日記


 明日東京に帰る。私はここに長くいすぎた。一回一人になっていろいろ考えたい。数学の補習がまだ残ってるけど、『帰省しなきゃいけなくなった』と言ったら、宿題をメールで提出することを条件に休ませてもらえることになった。

 急に決めたので平岸家の人達はびっくりしてたけど、ほんとはけっこう前から春休みは帰ろうと思っていた。去年は一度も帰らなかったし。

 2人のユウキから逃げたいという気持ちもある。

 私は卑怯だろうか。


 カラオケで奈々子は私の体を乗っ取り、Coccoのめっちゃ暗くて怖い歌をいくつも歌い、『どうしても歌いたい』と、カラオケに入っていないオペラっぽい曲も歌っていた。イタリア語とかドイツ語の。『夜の女王のアリア』が歌えるようになりたかったけど、一番高い音がどうしても出せなかったとか。

 自分で作った曲の話もしてたな。修二に何曲か取られたとか。フェザーザップが自分の書いた詞を使ってることに死んでから気づいてびっくりしたらしい。修平が言うには、修二とユエさんはずっと奈々子のことを忘れられなくて、今でもよく話題にしていると。それを聞いて喜ぶかと思ったら奈々子は、


 もう、忘れてもいいのに。


 としんみり言った。

 私は乗っ取られている間も意識があって、カラオケの部屋を他人のように眺めていた。私がいなくてもみんな楽しそうだなって。佐加なんか、奈々子と一緒に『Hello again』を歌ったりしてたし、あかねは自分の趣味に走って90年代のアニメ情報を質問するし(奈々子は『エヴァンゲリオンが流行っていた』と答えた)、修平は新道や橋本のことを聞きたがったけど、新しいことは何も出てこなかった。

 勇気はほとんど黙っていた。

 ただ、ずっと動画撮ってた。

 そんなみんなが、私はなぜか許せなかった。

 みんなに存在を忘れられたような気がして。

 体が戻ってきてすぐ、私は一人になりたくなってみんなから離れた。一人でカラオケを飛び出し、追ってきた勇気に『一人になりたいからほっといてくれ』と言い、平岸パパの迎えを待たずに地元のバスに乗った。全然聞いたことのないバスターミナルに着いた。

 このまま空港に行って帰ってしまおう。

 それで、二度と戻ってきたくない。

 そう思ったけど、飛行機は明日まで取れないことがわかったし(これはバカから聞いた。いきなり帰りたいって言ったのに全然驚いてなかった)。

 ターミナルの自販機でお茶買って飲んで、バスを待ってるふりをしながら考えた。さっきの私の態度はいただけない。勇気にLINEで謝り、他の3人にも『少し出かけてから帰る』と連絡した。

 それからバスの時刻表を調べた。秋倉を通るバスが一本だけあったけど、出発は2時間も先だった。私は知らない町のバスターミナルのまわりを歩いた。交通の要所であるはずなのに、まわりには定食屋みたいなのが一軒あるだけ。しかも閉まっていた。食事時しか開かない店だ。都会みたいにほぼ一日中開いている店は、田舎には少ない。みんなそれぞれのペースで生きている。

 高い建物がない。せいぜい3階建て、しかもこじんまりとした見た目だ。中の天井はかなり低そうだ。空がよく見える。さっきまで晴れていたのに、意地悪のように、私が歩き回っていたら雲が多くなってきた。同じ所をウロウロしすぎて、地元のおばあさんに『何かお探し?』と聞かれた。バスが2時間待たないと来ないんですと答えたら、『あ、そう』とけげんな顔で去っていった。

 早く東京に帰りたい。匿名になれる街へ行きたい。

 あっちではいくらウロウロしてても、声をかけられたりしない。

 2時間はすごく長かった。疲れたのでターミナルに戻ってベンチに座っていたら、奈々子が出てきて『ごめんなさい』と言った。人目があったので無視してたら、


 でも、佐加のアイディアは気に入ったから、

 秋浜祭で歌うのは許してもらえない?


 絶対嫌だと思った。それが通じたのか、奈々子はすぐ消えた。

 私は、こんな所で何をしてるんだろう?

 知らない町で、一人で。

 泣きそうになって何度か涙を手でぬぐった。やっとバスが来た時、トイレに行きたくなって慌てた。バスは古びた一軒家だらけの町を抜け、ほとんど草しかない、秋倉の草原の真ん中で私を降ろした。ほんとに、牧草地の真ん中にバス停があった。誰が利用してんだこのバス停?どうして駅前を通らないんだろう?

 どっちを見ても風景が同じ(草と雪と山と道)なので、ここで平岸パパに連絡した。スマホが圏外じゃなくてよかった。しばらく、遭難した人みたいに座り込んで体力温存した。疲れていた。景色を見る余裕もなかった。東京のマンションの近くにあるよく行ってたカフェのことを考えていたら、平岸パパの車が右からやってきた。気を遣ったのか、平岸パパは私に何も聞かなかった。

 

 夕食の時に『明日帰省する』と言ったらみんな驚いていた。けど、あかねはさっそく『東京で買ってほしいものリスト』を作って、五千円札と一緒に渡してきた。めんどくさいと思ったけど、やることがないのもよくないと思って引き受けた。修平は『俺も帰ろっかな〜』と言ってたけどたぶん口だけだ。ただ、春休みは図書室が閉まる日が多く(3年がいなくなって利用者がほとんど来ないから)つまらないと言っていた。

 そうだ、最近読書してない。本屋に行かなきゃ。1年以上ぶりに本屋に行けることに気づいたら急にわくわくしてきた。古本屋にも行って、いろんなとこ行って──2人のユウキのことは、とりあえず忘れるんだ。

 あ、でも所長には『しばらくいなくなる』って言っとかないと心配するかな。






 

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