2017.3.25 土曜日 サキの日記
だめだ、勇気がイケメンすぎる。
今日、美形は凶器だということに気づいた。クラスの女子が全員『かっこいい』と言った男が私の彼氏なのだ。
だめだ、今日も言えなかった。しかも勇気、今日いつもより優しいしよく笑ってた。何かあったの?って聞いてもなんでもないって言って、あいかわらず人を勝手に動画に撮ってた。
朝会うまでは『今日こそ別れ話しよう!』と思ってたのに、カフェで勇気に会って優しく微笑まれた瞬間、決意は溶けてなくなり、そのまま蒸発してしまった。しかも松井マスターに乗せられて、カフェのPR動画に主演してしまった。
あれ、前の学校の人が見てたらどうしよう。
撮り終わってからしばらくして、平岸家で昼のパスタを食べている時、急に『だめだ!あの動画は消さないと!誰かが見る前に!』と思って焦り、勇気に連絡したら『もうyoutubeに載せちゃった。大丈夫だって。サキはかわいいから』私はしばらく絶叫しながらもだえ、平岸家の人々に『大丈夫?』と心配され、平岸ママがマロンブッセをくれた。甘いものかじってたら少し落ち着いた。
部屋に戻ったら隣からギターが二重に聴こえてめっちゃうるさい。文句言いに行ったら保坂がいた。2人でギターの練習してたらしい。よそでやってくれと言いたかったけど言えなかったので平岸家に戻って、テレビの間のこたつで英語の勉強をした。
3時に何かおいしいものが焼ける匂いがしたのでキッチンに行くと、平岸ママがビスケットを焼いていた。イギリスの料理番組を見てたら作りたくなったけど、使ってる小麦とか材料が違うから味が心配だとか。食べたら普通においしかったけど。あかねは『もっと甘いのがいい』と言って砂糖まぶしてた。そのあたりで佐加から、
明日カラオケ行かね?
奈々子にも出てきて歌ってもらえないかな?
サキには悪いけど。
というかなり嫌な提案があった。奈々子に呼びかけてみたらかすかに『いいよ、明日ね』という声が聞こえたような気がした。
歌わせたら、ほんとに成仏してくれるんだろうか。
かえって『やっぱり生き返りたい!』とか思って、乗っ取りにかかってくる可能性はないんだろうか。
怖くなってきたので、ビスケットを持ってカッパの部屋を急襲した。保坂はまだいた。修平に不安をぶつけてみると、
それはやってみないとなんとも言えないなあ。
とのんきに言われてムカついた。あんたは新道に乗っ取られたらどうしようとか思ったことないのと聞いたら、
先生はそんなこと絶対しないから大丈夫。
とはっきり言われた。その自信どこから来んのと聞いたら『信頼』と言われ、ビスケットだけひったくられてドア閉められた。しかも後で保坂から『ビスケット、甘すぎなくてうまかったって平岸ママに言っといて』というLINEが。自分で言えよ。
研究所に行きたかったけど昨日行ったばかりだし時間も遅くなっていたので、奈々子に歌わせて大丈夫かなとかなんとなくLINEしたら、
僕も橋本に体使われてるけど、
少しの間なら大丈夫だと思うよ。
と。所長の場合、ぜんぜん『少し』じゃないような気がするけど。今日も橋本は病院に行ったらしい。スギママと昔話したらしい。スギママとヨギナミの母親は昔ヤンキーみたいな遊びをしていたらしい。
誰にでも過去はある。
夕食の時、知らないおじいさんとおばあさんが食卓にいた。別な地区に住んでいる平岸ママのご両親、つまりあかねのおじいちゃん達だった。ただ、正月にも来ないという事実が示すように、仲はよくないらしい。食事中も、家の権利がどうとか、もう学生もいなくなるんだからこの家処分したらとか、なんとなく冷たい話をしていた。いつもなら嫌味を連発しそうなあかねが今日は黙っている。修平は始め好奇心丸出しでいろいろ質問していたけど、相手に答える気が全くないことに気づいてやがて黙った。
食事の後、ごちそうさまも言わずに夫婦ら帰っていった。皿洗いを手伝いにキッチンに行ったら、平岸ママがため息をついていた。
あの2人は学生が嫌いでね、私やパパのやりたいことを理解しなかった。今でも『くだらない仕事だ』と思っているでしょうね。
そんなことないのに。林音さんだって平岸家に救われたようなことを言っていたし、ここの学生はみんな平岸家が好きで、第2の(人によっては唯一の)実家だと思っているはず。そう言ったら平岸ママは少しだけ元気になったようだった。
しかし、冷たい夫婦の空気は私を落ち込ませた。自分の家族のことを思い出した。バカはバカピョンだし、母はあいかわらず妙子だ。最近忙しいのか、映画化の知らせ以来何も言ってこない。仕事が一番なのだ。私は?もう親がいなきゃ生きていけないような歳じゃない。
札幌のおばあちゃん達にまた会いに行こうかな。そして、会ったことのないもう一人の祖母──母と仲が悪い方について聞いてみようかな。
それより明日カラオケだ。奈々子に歌わせるのか。
嫌だな。でも佐加は走り出したら止まらないし。
他にいい方法も浮かばない。
明日勇気も来るな。幽霊が絡むときだけは、いてくれると頼もしい。
私は彼を都合よく使っているのだろうか。
好きでもないのに。
やっぱり後ろめたい。でも本当のことは言えない。




