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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年3月

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2017.3.23 木曜日 サキの日記

 勇気がどうして何でも動画に撮りたがるかわかってきた。震災で何もかも失ったことがあるからだった。

 あの地震は私も覚えてる。あの時私は学校にいたんだけど、授業は中断してみんな帰ることになった。しかし、親がなかなか迎えに来ない。交通機関は止まり、通勤の人は長い距離を歩いていた。車も渋滞。学校のみんなも不安でいっぱい。雰囲気がとても怖かった。私は(本当はいけないことだけど)先生が見ていない隙に抜け出して一人で家に帰った。道は大人で──それも殺気立った人達で──埋めつくされていて怖かった。やっと家に帰ってもエレベーターは止まってる。階段を使って中に入っても誰もいない。母は北陸でロケ中、バカはテレビ局から歩いてこちらに向かっていたが、家に着いたのは深夜だった。

 その後、東京は福島で起きた原発事故でパニックに陥った。放射能が飛んでいるから外に出るなと言われ、うちのバカは北海道へリターンすることを本気で検討していたが、母親と仲の悪い40代の娘が東京に残ると言い張った。その後の春休みは札幌のおばあちゃんの家で過ごした。おばあちゃんもおじいちゃんも『こっちに帰ってこい』と言っていて、何日も家族で話し合いをしていたのを覚えている。

 でも、私達は4月には東京に戻っていた。うちで一番稼いでいたのは母だし、母の仕事は東京にあった。そして、母は札幌にいるのを頑なに嫌がっていた。

 理由は今ならわかる。

 橋本が目の前に落ちてきた忌まわしい思い出のせいだ。

 あの地震を体験しているのに何で防災用品を用意してないのか理解できないと勇気は言った。ホームセンターに行って、懐中電灯だけ買う予定だったのに『ラジオがついてて、手回し充電できるやつがいい』とか、『水を入れるタンクも必要だ』『簡易トイレも必要だよ』とか、いろいろ足されて荷物がいっぱいになってしまった。

 隣町のホームセンターは近隣の町みんな利用しているらしく、思ったより人が多い。秋倉の住人も何人か見かけた。意外なのはスマコンがメイドさんと一緒に来てたことだ。


 春の儀式に使う植物を探しに来たの。


 何やる気かわかんないけど花の苗とか種を見てた。『時期的に早すぎるからしばらく室内に入れておこうかしら』と。北海道で花を植えるのは5月頃だそうだ。今はまだ雪もあるし寒い。それに、後ろにいる高齢のメイドさんも気になる。おばあさんなのに、アニメのコスプレみたいなメイド服を着ている。そういえば前にコスプレが趣味とか言ってたような。

 スマコンは、


 あなた、浮気してるわね。


 と私の耳元でささやいてから、メイドさんを連れて家具コーナーへ消えた。

 わかってる。2人のユウキのうちどちらが本当か。

 今日も別れたいって言えなかった。今日の私達は今までで一番彼氏彼女っぽかったと思う。共通の体験(震災)を語り合って、一緒に買い物して。

 そうだ、奈良崎ととっつぁんも来てた。木材を見に来ていた。とっつぁんは私達を見ると『おう!おう!』と陽気に笑いながらひょこひょこ近づいてきて、アイスおごってやるから来いと言った。食べ物売ってる場所があることにそこで初めて気がついた。暖房が効いた空間で食べるアイス。体が冷えちゃうと思うんだけどこっちの人は慣れてて平気らしい。


 なんでもないようなことでも、

 あとで大事だったってわかるんだよ。


 と言いながら、勇気は私がアイス食うのを動画に撮っていた。仕返しに私は奴のアイスを奪い、ダブルのうちの一つを食べてしまった。

 その動画、私と別れたらどうするの?

 と聞きたかったけど、もちろんそんなことは言えなかった。

 行き帰りは平岸パパが車で送ってくれたんだけど、車の中では勇気は何もしゃべらない。私の手を握ってくる。私はそれが怖かった。私の心は離れている(というか、元々ここにない)のに、勇気の方はどんどん近づいてくる。

 もう止めないと。

 でも、どうしたらいいのかわからない。

 カフェに来ないかって言われて『疲れたし、これ部屋に置きたいから』と防災用品を見せて言ったら、


 部屋に行ってもいい?


 と言われた。私が止まっているうちに平岸パパが、


 いやいや、うちは学生寮だから、女の子の部屋に男の子は入れないんだよ。悪いけど。


 とうまく断ってくれた。勇気は不満そうだったけど、何も言わずに帰っていった。

 部屋に来て何をする気だったんだ。怖い。

 だめだ、明日別れるって言おう。

 これ以上勇気と一緒に進めない。でも、向こうは何も悪いことをしていないのに傷つけてしまう。ああ、なぜか、バカがよく聞いていた綾小路きみまろを思い出してしまった。

『プロポーズ あの日に帰って断りたい』

 そもそも告白された時に断るべきだったんだ。

 私の好きな『ユウキ』はあんたじゃないって。






 

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