2017.3.20 月曜日(祝日) サキの日記
私ねえ、おっさんにはいなくなってほしくないんだ。
ヨギナミは言った、意識不明の母親の前で。
でも、このまま成仏できないのも、きっと困るよね。
私はヨギナミ、平岸ママと一緒に別な町にある病院へ行った。ヨギナミのお母さんを見舞って、ヨギナミを病院に置いて(かわいそうだけど今日が付き添いの当番らしい)スギママを拾って出かけることになった。実はあかねも後部座席にいたんだけど、病院では車から降りず、『早く遊びに行きたいから時間かけないでよね』とまで言った。気遣う気全くなし。
ノリのいいスギママが車に乗ると、車内の雰囲気は一気に明るくなった。あかねもスギママとはけっこうノリで話せるらしい(内容はほぼ杉浦の悪口だったけど。奴の変人ぶりには母親も手を焼いているらしい)。
サケの水族館みたいな所に行って、リアル川底を眺め(季節のせいか。あまり魚はいない)寿司を食べて帰ってきた。
部屋に、奈々子がいた。
不思議な無表情をしていた。かわいこぶりかけてちょっとためらったような。
私は聞いた。
どうしたら成仏してくれるの?
やりたいことが一つある。
何?
一度、大きな舞台で歌いたい。
やっぱり私は歌をやめるべきじゃなかった。
奈々子はそれだけ言って消えてしまった。
自分で曲作ってたらしいし、やっぱりミュージシャンになりたかったのかな。
でも実現は無理だよねと思いながらみんなにLINEしたら、
秋浜祭のステージに出りゃいいじゃん!
今から準備すれば間に合うし!
佐加がやばいことを思いついてしまった。『早速カラオケ行って練習しよう』とか言ってきやがった。私は『少し考えさせて』と言ったんだけど、佐加の中ではもう決まってしまったらしく『案内来たらすぐ申し込みしなきゃ』とか『まだ先だって、10月のハロウィンだし』とか言ってる。
やばい、私が身代わりでステージに連行される!
歌いたがってるのは奈々子であって、私じゃないのに。
どうしてこうなるのォォォ!?
叫んでみたけど、奈々子は出てきやがらない。
3時にかぼちゃシフォンを食べていたら、平岸ママが新しいマグカップを持ってきて、『久方さんの所に持っていきなさい』と言った。昨日マグカップ割ったのがバレていた。なんとなく気まずい。乱暴な子だと思われたかも。でも昨日はなぜか瞬間的に何かがキレてしまった。畠山達が家に押しかけてきた時以来だ。物を投げて破壊したのは。
私はやっぱり、おかしいんだろうか。
研究所への道はまだ雪に覆われている。私はそこをゆっくりと歩きながら、自然の空気を感じようとした。いつか『降りてきた』不思議な感じがまた来ないかと期待して。でも今日は何もない。ただ私の困惑とイライラがあるだけだった。
研究所に入ってマグカップの箱をテーブルに置くと、パソコンに向かっていた所長が振り返って『別にいいのに』と言った。私は昨日のことを謝り、ポット君がコーヒーを持ってくるのを待つ間に、パソコンにfacebookが表示されていることに気がついた。
駒のページ。ほら、コタローがいる。
家の中でくつろいでいるあの笑い犬の写真があった。所長は今年に入ってfacebookをやりはじめたらしい。後で見たら、自然とか景色とか植物のことばかり書いてあって、人のことは(私のことも)何も書いていなかった。
他人のことを書くとプライバシーにふれてしまいそうな気がして。
と所長は言った。
天井からはリストの『ため息』とか、流れの美しい曲ばかりが聴こえていて、部屋の空気がちょっとだけ高級になっている感じがした。所長はウディ・アレンの映画を見ないかと言ったけど、夕食まで時間がなかったので、今度来たときに一緒に見る約束をして帰った。
今日も結城さんに会えなかった。
そして、勇気のことをまるで考えなかった。
2人の『ユウキ』が私を混乱させている。一人は私を避けようとするし、もう一人は動画に夢中。今日そういえば連絡してこなかったな。何してたんだろう。こちらから何か送るのも嫌だからほっとく。
夜になって、
浜のじっちゃんに『友達が歌いたがってんだけど』って言ったらあっさり出ていいって言ってくれたさ。
すごくね?
と佐加が言ってきた。浜のじっちゃんって誰だ!?
やばい。佐加の実行力をナメていた。まさか祭りの運営とつながっていたとは!でもまだ3月なのにもう決めていいのか?浜の奴らは何を考えてんだ!?
ああ、どうしよう。マジでステージに連行される。
コーヒー飲みたくなってきた。
どうしようまた眠れない。




