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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年3月

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2017.3.19 日曜日 高谷修平 研究所で会議

 高谷修平は、この時期になると思い出す新道先生の微笑ましいプロポーズの話をしながら、新橋早紀と一緒に研究所に向かっていた。早紀は『新道のプロポーズなんてどいうでもいい』と言って興味を示さなかった。あとで、平岸あかねと高条勇気も来る予定だ。第3グループと久方で、幽霊問題について話し合うことになっていた。

 しかし、

「あ〜やっと来た〜!遅いぞカッパ〜!」

 研究所の入口に佐加がいた。

「私が呼んだ」

 早紀がつぶやき、修平は『なんで!?』と言ったが、それに対する返答はせず、早紀は佐加と一緒に中に入ってしまった。修平は『嫌な予感しかしねえ』と思いながら後を追った。

 久方は佐加を見てピクッと揺れたが、一応歓迎してくれた。コーヒーを飲み、猫の話をしているうちに他の2人も来た。

「やっぱ奈々子には歌わせてあげた方がいいよ」

 佐加がいきなり本題に入った。幽霊の名前ももう覚えたらしい。

「でもそれって一回だけ?それとも定期的に?めんどくさいんだけど」

 早紀が言った。

「こないだカラオケに出てきたわよね?あれで足りなかったからまだいるってこと?」

 あかねが言った、

「いや、歌だけが原因じゃないと思う」

 高条が天井を見上げた。他のみんなも見た。天井からは、先程からショパンが鳴り響いている。

「やっぱり結城さんなのかな」

 早紀が上を見ながら言った。

「あいつ本当に何してんだろうねここで」

 修平が言った。

「僕はもう必要ないって何度も言ってる」

 久方がやっと口を開いた。

「やっぱ叶わなかった恋だったんじゃね?それがさ〜、死んだと思ったのに戻ってきたから、結城さんもどうしていいかわかんないんじゃね?」

 佐加がおもしろそうに言って、早紀に横目でにらまれた。

「だからって変な気起こされても困るよな」

 高条が言いながらコーヒーを飲み、顔をしかめた。味が気に入らなかったようだ。

「ところで幽霊達って今ここにいるの?」

 佐加が尋ねた。

「姿は見せないけど、僕達の話は聞こえてるよ」

 久方が言った。

「出てきて話してくれって頼めない?」

 佐加が早紀に向かって言った。早紀は嫌そうな顔をしたが、

「本人に話聞かないとさ〜、どうしていいかわかんないじゃん」

 佐加に引く気はなさそうだ。早紀は嫌々ながら奈々子を呼んだ。奈々子は早紀の後ろに現れ、みんなをみて控えめに頭を下げた。

「何か話してくれませんか。思っていることを」

 久方が優しく言った。

『私は──』

 奈々子は何か言いよどんでいた。

「遠慮しないでいいんですよ」

 修平が笑いながら言った。

『──サキが心配なの』

 奈々子はそう言って高条の方を見た。高条は幽霊が見えないので、スマホの画面に気を取られてそのことに気づいていなかった。

「なんで私の心配なんかすんの?普通に暮らしてるのに」

 早紀が不満のこもった声で言った。

『それは、みんなには言えない。でもサキ、あなた自分でわかってるはずだよね?()()()()()()()()が自分にどれだけ──』

 奈々子が話し終わらないうちに、早紀はマグカップを奈々子に向かって投げつけた。奈々子は消え、マグカップは壁に当たって割れた。

 

「うるさい!もう二度と出てくんな!」

 

 早紀が凄まじい大声で叫んだ。みんなその声の大きさと乱暴さに驚いて一瞬動けなくなった。ポット君が走ってくるウィーンという音だけが部屋に響いた。優秀なロボットは、割れたマグカップのかけらをちりとりで回収し始めた。

 早紀は肩で息をしてあえいでいた。急に吹き出してきた怒りが未だ静まらないという様子で。久方が心配して早紀の背をなで、それを見た高条はけげんな顔をし、佐加とあかねは一瞬お互いを見てにやけたあと、すぐに早紀の近くに駆け寄って『大丈夫?』『水持ってこようか?』と言った。この2人は奈々子の言葉が聞こえていなかったため、早紀がなぜ怒っているのかわかっていなかった。

 でも、修平と久方にはわかった。


 ああ、何か大変なことが起きたんだ。


 と。早紀は今でもその出来事について苦しんでいるらしい。奈々子はそれを心配している。しかし、これをどうやって解決する?

「私、帰る」

 早紀が部屋を出ようとした。高条が『カフェに行こう。おごるから』と言って、早紀の肩に手を回して一緒に出ていった。久方はそれを見て悲しい顔をした。

「今、何が起きたの?」

 あかねが修平に尋ねた。修平は迷ったが、結局、奈々子が言った言葉をそのまま伝えた。

「あ〜!サキさ〜!昨日もうちで過呼吸みたいになってたんだよね。あれ何の話してた時だったかな。でも何かあったんだよね」

 佐加が言った。

「前の学校のいじめがよほどひどかったってこと?」

 あかねは言いながら久方を見た。

「僕も詳しくは聞いてないけど」

 久方が言った。

「今、無理に聞き出すのはやめた方がいいと思う。きっと話すのも辛いことなんだ」

「そうだよね。さっきのサキ見た?」

 佐加が困惑した様子で言った。

「いきなりぶちキレてマグカップ投げたじゃん」

「代わりのマグカップ持ってきましょうか?ママが集めたやつがたくさんあるのよ。減らしたいから」

 あかねが言うと、久方は無言で苦笑いした。

「とにかく普通じゃなかったよね」

 佐加は心配しているようだ。

 それからしばらく、早紀にどう接するかを4人で話し、『しばらくそっとしておいて、本人が話し出すのを待つ』という結論に達した。その後修平が気晴らしのためにまた新道先生のプロポーズ話をおもしろおかしくした。佐加は『奥さんかわいい!』とはしゃぎ、あかねは『BLネタに使ってもいい?』と言い、久方はただ笑っていた。なんとなく空気が和んだところで、集まりはお開きになった。



『神崎さんがかわいそうです』

 帰り道で、新道先生が言った。

『新橋さんを心配して、いつも落ち着かないのでしょう。よくわかりますよ』

「それは先生にも言えることだよね」

 修平は前を向いたまま言った。

「先生はいつも俺と教え子の心配ばかりしてる。奈々子さんはサキのことが心配で、たぶん結城のことも心配してる。今日出てこなかったけど、橋本も久方さんとヨギナミを心配してる。心配、心配、心配だ」

 修平は珍しく声を荒らげた。

「俺この言葉も好きじゃねえんだよな。人を縛るんだよ心配って。『こんなに心配してやってるんだから私を不安にさせるようなことはしないで』っていうのが見え見えなんだよな〜。いや、気持ちはわかるよ?悪気がないのはわかってるんだけどさ〜」

 修平はしばらく同じようなことを言ってうめいていた。新道先生は何も言わず、ただ、アパートに着くまで、見守るように修平のそばにいた。






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