2017.3.18 土曜日 サキの日記
数学の補習の後、『別れようかなあ』とつぶやいてみたら、佐加が『うちに来て話そう』と言い出し、2人で浜行きのバスに乗った。
バスの中で、私は今まで考えたことや起きたことを全て話したと思う。あまり好きじゃないのに、告白されて勇気と付き合ってしまったこと。ずっとしっくりこないと思っていたこと、彼氏がいるのに結城さんのことばかり考えてしまうこと、キスされても嬉しくないどころか怖かったこと、ここ数日『別れよう』と言いたいのに言い出せないこと──
別に別れる必要なくない?
と佐加は言った。
友情から始まる恋愛だってあるしさ〜。
うちと藤木もそうだったし。
キスしてくんの早すぎたんなら早いって言えばいいよ。
たぶん向こうの方が想いが強くて先走っちゃったんじゃない?
もっとペース落とせってさあ。
うちも藤木に言われたことあるし。
何でもすぐやりたがるって。
佐加がのんびりした藤木との合わないペースについて話している間、私は『向こうの方が想いが強くて』の所を疑っていた。勇気のあれは『想い』なんだろうか?どうも違う気がする。ただの性欲なんじゃないか。村上春樹の小説を思い出した。『どうしても裸の君を抱きしめたい』とか言ってた主人公は、その後、他の女とヤりまくるためにその子を捨てた(振られたんだったかな。よく覚えてないけど別れたのは間違いない)。
カントクの『それは性欲ヨ!』という声が聞こえ始めた。
ただの性欲じゃないかな。
思わずつぶやいてしまって、佐加が『ええっ!?』と変な声を上げ、前の席に座っていたおばあさんがうるさそうな顔でこっちを振り返った。
私、たぶん、性欲を出してくる男が嫌いなんだよね。
え〜?そんなの誰にだってあるじゃん。
うちにもあるし。
夏休みにさ〜、
海の家で藤木に襲いかかったことあるもん。
あいつカタいから撃退されたけどさ〜。
佐加が陽気にそんなことを話し始めた。ずっと、おばあさんの視線が痛かった。運転手もちらっとこちらを見ていたような気がする。藤木は『そういうことは大人になってから』と言い張る真面目なタイプらしい。いいな。でも佐加は何でも早くやってしまいたい子なので、そこが不満らしい。なんて贅沢な。親が知ったらど〜すんの家近いのにって言ったら、『もう親公認だから何しても問題ない』とはっきり言われた。いや、公認ってそういう意味じゃないと思う。
20分ほど遅れて、バスは浜に到着した。
曇りの日。冬の海。なんだか寂しい光景だった。空と海の灰色のコントラストが、どんな色も消し去ってしまいそう。佐加の話だと、天候が荒れた時には『海の花』と呼ばれる泡みたいなものができて、風で飛んでくるそうだ。
私、文章書くときも『〜な感じ』というクセが全然抜けない。本当に文章が上手い人はこんな表現しないだろう。
佐加の家では、コスプレのお客さんがいて、18世紀のローブ・ア・ラ・フランセーズを着て髪をマリー・アントワネットみたいにした女がいてびっくりした。友達とイベントに行くのだと話していた。佐加のお母さんは仕事で忙しそうだったので、私達は奥のテーブルで、棚に入っていたカップヌードルとパイの実を勝手に食べながら、彼氏の悪口を言って遊んだ。私は勇気が何でも動画に撮ろうとするのが嫌だけど、佐加は藤木が写真に映るのを嫌がるのが不満らしい。佐加は何でも写真に撮ってデコりたいのだ。SNSもデコ写真だらけ。
佐加と勇気が付き合えばいいのに。藤木の何がいいのと聞いたら即『全部』という答えが返ってきてしまう。私は同じ質問をされても『イケメンだから』とか『そこそこ優しいから』とか『私のことは好きらしいから』という、愛のこもらない返答しか思いつかないのに。
愛。
愛って何なんだ?そもそも。
うちのバカと40代の娘は、結婚後だいぶ経ってるのに未だ『ラブラブ』というやつで、互いを見る視線は常に熱い。私はそれをなんとなく『愛』なんだろうなと思って育った。それで高校1年の時畠山が──
私は、走って外に飛び出した。
動悸がして息が苦しくなり、砂利の上にしゃがみこんだ。佐加が追いかけてきて『大丈夫?』と言ったけど、私は息が苦しくて返事ができなかった。佐加は一度引き返して水を持ってきてくれた。飲んで少ししたら落ち着いたし、外は寒いので中に戻った。
私、前の学校で、いろいろあって。
私はそれしか言えなかった。佐加は珍しくそれ以上何も聞かず、話題を今来てるお客さんに移した。あの人は店の常連のコスプレイヤーで、17世紀から19世紀のフランスの服マニアだそうだ。
あの時代の服って動きにくそうだけど、
みんなめっちゃキレイなんだよね。
でも着るのめっちゃめんどくさいよ〜。
ボリューム出すためにスカートの下にいろいろ入れてるしさ。
それから佐加の部屋に行ったら、テイラー・スウィフトの写真が増えていた。というか、天井までいっぱいに貼ってあった。私がその写真の多さにびっくりしているうちに、佐加は真っ赤なリップを塗っていた。それもテイラーを真似ているみたいだったけど、佐加の顔には合ってないと思った(けど本人には言えなかった)。
そして佐加は予想どおり『テイラー・スウィフトがいかにすばらしいか』という話を2時間くらいした。自分の恋愛をあんな名曲にできるのすごいとか、曲だけじゃなくてPVの世界観もすごいとか、ファッションめっちゃかっこえとか、とにかくテイラーを褒めまくる時間を過ごした。私が飽きて眠くなりかけた時、佐加のお父さんが来て、『ハゲた人が迎えに来てる』と言った。もちろん平岸パパだった。いつの間に誰か連絡したのか。浜まで迎えに来てくれたのだ。なんだか申し訳ない。
車内で『愛ってなんでしょうね』とつぶやいてみたら、平岸パパは『ハハハッ』と笑って、
それは、俺と母さんのことだな。ヒヒッ!
と言われた。そこまで自信ありげに言われると何も言い返せない。どこで平岸ママに会ったのか聞いたら『杉浦の奥さんの紹介』と言われた。スギママは昔札幌でバイトしてて、そこで知り合ったらしい。その頃にはスギママは今の夫と付き合っていて、夫が平岸パパとうちのバカの友達だったと。
スマホを見たら勇気から今どうしてるって来てたので、『佐加の家に行ってた』と言ったら『今度海撮りに行きたいから一緒に行こう』だって。ほんとに動画のことしか考えてないな。呆れる。それとも少しは私に気をつかっているんだろうか。今日会えなかった彼女に。
明日勇気に会って、いろいろ話してみようかな。
所長に『愛ってなんでしょうね』と言ってみたら、
それは僕が知りたいよ。今探してるところだ。
と言ってきた。
親に愛されなかった所長。でもレティシアさんとは付き合っていたし、誰にでも優しいし、愛を知らないわけではないと思う。
愛って、何だろう。
奈々子もたぶん知らないだろうな。若くして死んだから。今日も出てこないし。
たまに出てきた方がいいんじゃないかと思って呼んでみたけど、今日は本当に出てこない。修平に相談したら、
見守ってるだけだからほっとけばいいよ。
出てこないに越したことはないんだから。
それより高条とはうまくいってんの?
余計な探りを入れられたので会話終了。
スルーだ。




