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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年11月

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2015.11.5 サキの日記


 所長にピアノ線の切断を薦めてどん引きされたあと、私は地下鉄を乗り継いで少し離れた駅へ出かけた。カフェと雑貨が集まった所があると聞いて。

 そこはすごく混んでいた。客はほとんど女性。ドラッグストアやコスメが各階にあって、どこにいてもいい香りがする。アクセサリーは安いのからプラチナにダイヤなものまで、同じフロアにある。眺めてるだけで何時間も潰せる。館内のガイドを見たらブックカフェまである。最上階はレストランと決まっている(でも、なぜどこもレストランは最上階なんだろう?厨房の排気?)


 でも、買うものはない。

 私が気になるのは、客とか、店員。

 つまり、人。


 私みたいに一人の女性も多い。子供と一緒、ベビーカーを押してる人、友達と一緒に来てる人、彼氏と二人で来てる人。


 ときどき、目をそらして、

 歩く方向を変えてしまう。


 なぜか気になって、自然になれない。



 館内のレストランやカフェは全て混んで、入り口に待つ人の列ができていた。私は外に出ることにした。もう一度フロア案内を見たら、同じ建物の上の階に美容クリニックが入っていた。


 雑貨のキラキラ、

 ブックカフェ、

 コスメ、

 プラチナのリング、

 美容整形。



 どこかの誰かのわかりやすい人生の変遷と末路のようだ。

 なんだかイラッと来てしまった。



 少し離れたところにある小さなカフェに入った。ケーキセットを頼んだら、やってる時間が過ぎていた。でもタルトが食べたかったから単品で頼んだ。でもなんか、自分はさっきからバカなことばかりしてるような気がした。


 母が私に自分と同じ仕事をさせたがらないのを急に思い出した。バカとカントクは、スキあらば私を舞台に引きずり込もうとする。でも母はこう言う。


 サキちゃんはこっちの世界に来ちゃだめよ。正気を保つのに苦労するから。有名になってもいいことなんかないのよ。本が好きなら活字の世界に行きなさい。誰もいない静かな場所を見つけるの。平和はそこにしかないの。



 親は自分のできなかったことを子供に押しつけると言うけど。

 うちの母の場合、それだけじゃない気がする。

 歌うような抑揚でこういう話をするとき、母はどこか遠くを見ていて、私を見ていない。


 かぼちゃのタルトは美味しかった。


 いつもと違うものを求めて離れた駅まで行ったのに、気がついたら、いつも吸い込まれる安い某アパレルに入って、自分は絶対着ないかわいい服を眺めてた。


 男二人組が『あいつだせぇ』と声をあげていた。

 私じゃない別な誰かのことだとしても、耳に入っただけで傷つく言葉。



 そのへんで帰ることにした。



 空に、飛行機雲みたいな白い筋が浮かんでいるのを見つけた。細い筆でさっと引いてみたような、『ちゃんとしたものを書こう』みたいな気負いは全くなくて、ただ、軽い気持ちで試し書きされた線のような。



 東京の空は決して狭くなんかない。

 地上にキラキラしたものがありすぎて、

 そこから顔を上げて、立ち止まって空を見上げることを忘れてしまうだけだ。




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