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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年3月

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2017.3.9 木曜日 研究所


 勇気にキスされたんですけど、

 全然嬉しくないんですよ。

 私っておかしいんでしょうか。


 朝、目を覚ました久方の目の前に早紀がいて、真顔でこんなことを言い出した。久方は、このまま毛布にもぐって永遠の眠りにつきたいと思いながら、なんとか平静を装って『着替えるから下で待ってて』と言った。時計を見たらまだ5時半だった。ピアノ狂いすらまだ動いていない時間だ。

 なぜ、そんなことを自分に知らせに来るんだろう?

 久方は悩みながら着替え、1階に降りた。早紀はポット君が入れたコーヒーを飲んでいた。


 サキ君の姿を久しぶりに見たな。


 久方はしばらく、コーヒーをやたらにすする早紀を、部屋の入口から眺めていた。かつてはこれが毎日のことだったはずだと思いながら。


 もっと先の話だと思ってたんですよ。


 久方に気づくと、早紀は近況を語り始めた。彼氏と一緒にいるのはおもしろいけど、いつも動画を撮っているのは嫌だ。仲はいいけどあまりいい雰囲気にならないなど。


 好きな人と付き合ってたらふつう、もっと、

 なんていうか……。


 早紀が口ごもった。


 心が高揚する?


 久方が言った。


 そう!それですよ!そういうのがないんですよ!


 早紀が大声で叫んだ。


 恋愛ってそんなに激しいものばかりじゃないよ。

 穏やかな関係だってあると思うよ。


 久方は言った。なぜ自分が彼氏をかばわなきゃいけないんだと思いながら。本当は『早く別れてくれ』と言いたかったのだが、もちろん口には出せなかった。


 でもキスされたときなんかすごく嫌な感じがして、

 走って逃げちゃったんですよね。

 それから連絡もないし会うのも怖いんですよ。

 学校でも気まずいし。


 そう思うなら、正直にそう言えばいいよ。


 久方は大人らしく、もっともらしいことを言ってみた。


 嫌だからやめてって言えば、普通に分別のある人はやめてくれるだろうし、それでもやめないような嫌な奴だったら、別れたらいいよ。


 そうですかねえ。


 早紀はまだ決めかねているような、あいまいな様子だった。

 会話が途切れた。猫達は暖房の前にいた。早紀はコーヒーを飲みながら遠巻きに猫達を眺め、久方はそんな早紀をじっと見ていた。

6時になると、上からけたたましいピアノ攻撃が始まった。スカルボだ。早紀が来ていることに気づいていないのか、本気でラヴェルを鳴らしている。久方は早紀の方を心配そうに見たが、


 別に大丈夫ですよ。


 早紀は平然と答えた。


 でも、あいかわらず朝に合わない曲選びますね。


 感性が壊れてるんだよ。


 2人でピアノ狂いを笑った後、早紀は帰っていった。


 今のは何だったんだろう。


 久方はぼんやり考えながらコーヒーカップを洗い、朝食のための卵を焼いた。結城の分は作ってやらないことにした。

 しかし、彼氏にキスされたとは。

 それをわざわざここに報告に来るとは。

 久方はどんどん胸が苦しくなるのを感じた。辛い。今後もこんな話を聞かされ続けなければいけないのだろうか。彼氏との関係が進むたびにここに報告に来るのだろうか。


 新橋に気持ちを伝えたら?


 後からやってきて話を聞いた結城は言った。


 あいつだって悪魔じゃねえんだから、お前の気持ちに気づけば、そんなこと言いに来なくなるんじゃない?一応気を遣って。


 それは無理だよ。

 今の関係を壊したくない。


 だったら黙って耐えてろ。

 それにしても新橋、好きでもない男とよくそこまでできるね。ちょっと怖い気もするな。好きでもない男とセックスできる女なんて、金目当てとかよほどの貧困じゃない限りそうそういないはずなんだけどなぁ〜。


『セックス』という単語を聞いて固まってしまった久方を、結城はせせら笑った。それから、自分が食べるものを探しにキッチンまで歩いていった。






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