2017.3.7 火曜日 ヨギナミ 松井カフェ
火曜日はバイトが休みなので、ヨギナミはカフェに向かった。またおっさんに『来れたら来て』とメールしてみた。所長さんに悪いかなと思いながら。
学校帰り、佐加がおもしろがってついてきた。おっさんと話したいし、高条に早紀との付き合いがどうなっているのか聞きたいというのだ。
サキ、あんま彼氏の話したがらないよね。
おかしくね?付き合い始めって彼氏の話しかしたくないくらい盛り上がるもんじゃね?
ヨギナミは中学の、佐加と藤木が『付き合ってます!』とクラスで宣言した時のことを思い出した。確かに佐加はうるさかった。まわりに遠慮せず藤木の話ばかりしていた。クラスの女子は最初は一緒に騒いでいたが、そのうちうんざりし始めた。目立ちたくない藤木はみんなにからかわれて気まずそうにしていた。かわいそうだと思ったのをヨギナミは思い出した。
今回のかわいそうな人、高条は、カウンターに座って、ヘッドホンで動画を見ていた。ヨギナミ達をちらっと見るとまた画面に目を戻した。人と話したくなさそうだ。
しかし、
ね〜高条、サキとの付き合いはどうなってんの?
遠慮という文字は、佐加の辞書にはなかった。
店内の客が一斉にこちらを見たので、ヨギナミは気まずく横を向き、苦笑いしている松井マスターと目が合った。
高条はゆっくりとヘッドホンをはずし、佐加を軽くにらんだ。
サキは何て言ってんの?
低い声で質問が出た。
それがさ〜、あんま話したくなさそうなんだよね。
ケンカした?
佐加がストレートすぎるのはいつものことだが、それははっきり言わない方がいいのではないかとヨギナミは思った。口には出せなかったが。
あいつ何考えてるかわかんないんだよね、言動が。
高条が軽い口調で言ったが、目つきは怖かった。
サキってちょっと気難しい所があるもんね。
ヨギナミは今までの早紀の言動を思い出しながら言った。少なくとも、人付き合いが得意そうには見えない子だ。
哲学をやろうかどうかで悩んでるらしいよ。
高条が言った。
てつがくぅ?やっぱサキって頭いいよね〜!
佐加が大声を出した。また店内の客がこちらを見た。ヨギナミは『おっさん早く来ないかなあ』と思いながら、むやみにコーヒーをすすった。
その後高条は、早紀の不可解な言動と、『サキは研究所にいる男が本当は好きなのではないか』という疑惑について話した。松井マスターもヨギナミも佐加も心の中では『うん、そのとおり』と気づいていたが、口に出せる者はいなかった。いつもストレートな佐加でさえ『本人に確かめたら?』としか言わなかった。誰もが、早紀と結城は付き合うべきではないと思っていたし(歳は離れすぎているし、変な人すぎるから!)高条の方が歳も見た目も釣り合うと思っていた。かといって、『この2人が上手くいくか』と聞かれると、どうにも返答に困ってしまうのだった。
おう、佐加も来てたのか。
みんなが言葉に詰まって沈黙した時、待望のおっさんが現れた。話題はヨギナミの母親に移った。といっても、あいかわらず目を覚まさず、何の希望もなかったのだけど。
ヨギナミと佐加のおしゃべりが途切れた時、高条が不意に、
ヨギナミのお母さんのこと、好きなんですか?
とおっさんに尋ねた。
好きだよ。
おっさんは間髪入れずに答え、佐加が『キャー』と声を上げた。
サキって、俺のこと好きなんですか?
高条がさらに尋ねた。
何で俺に聞くんだよそんなことをよ。
おっさんは呆れたように言った。
いや、俺より研究所の人の方が、サキのこと知ってるような気がして。
高条は無表情で言った。
なんだ、自信がなくなったのか?
おっさんがにやけた。この笑い方年配の人っぽいなとヨギナミは思った。
お前ら2人とも内地から来てるだろ、お互いの生まれ故郷の話でもしたらどうだ?そしたら相手のことがもっとわかるだろ?
お前どうせ動画とコーヒーの話しかしてねえだろ。
おっさんは笑いながらコーヒーを飲んだ。
動画撮るのは、確かに嫌がってると思うよ、サキは。
佐加が珍しく静かな声で言うと、高条はうめき声をあげた。
俺から動画取ったら何が残んの?
すると佐加が、
顔しかないね〜。見た目だけじゃん?いい所。
と言い、高条はぎょっとした顔で佐加を凝視し、ヨギナミは苦笑いし、松井マスターは気まずそうに横に目をやり、おっさんは『ははっ』と楽しそうに笑った。




