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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年3月

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2017.3.6 月曜日 伊藤百合


『鹿が涸れ谷で水をあえぎ求めるように

 神よ、私の魂はあなたをあえぎ求める』

(詩編42.2)


 伊藤百合は図書室のカウンターで、朝読んだ聖書の一部を思い出しながら、来ている人の様子を探っていた。先輩2人が、受験を終えて趣味の読書をしに来ている。彼らはもうすぐ卒業していなくなる。高谷はいつもどおり本の整理をしている。今日は顔色も悪くない。機嫌もよさそうだ。


 神よ、どこにいるのですか。


 今日、伊藤はずっとそう心の中で呼びかけていた。なぜか気分が落ち着かず、神の存在を確かめたくなった。しかし、その術が見つからない。

「何かあった?」

 高谷が近づいてきて話しかけてきた。

「何も。なんで?」

「さっきから落ち着きがないと思って」

 見抜かれていた。

「3年がもうすぐいなくなるでしょ」

 伊藤はごまかすように言った。

「そしたら、図書室に来る人もほとんどいなくなる」

「いいじゃん。俺と2人っきりになれて」

 高谷はにっこりと笑い、後ろの先輩達がおぉ〜と言ったり笑ったりした。

「冗談はやめてください」

 伊藤は冷たく言った。

「はいはい。うちのクラスでここに来るの杉浦とスマコンくらいだからね。いっそ町の人に解放して、近所のおばあちゃんにも利用してもらえば」

「それは私も先生にかけあったことあるけどダメだった」

「そうなの?」

「前に学校に不審者が侵入して事件を起こしたことがあるらしくて」

「え?マジ?ここで?」

「ううん、本州の別な学校」

 伊藤はうんざりした顔をした。

「でもそのニュースのイメージが、先生方の頭から離れないらしくて、学校は関係者以外入れないんだって」

「別にこの町の人は事件起こさないと思うけどね」

「変人の町だけどね」

 伊藤は少し笑ってから、しゃべりすぎたと思い、後ろの本棚を見た。でも今は、本には集中できそうにない。


 神よ。どこにいるのですか。


 高谷はまた本棚に戻っていった。先輩達は高校生活最後の読書に没頭している。この中に、自分と同じように神を求めている人はいないだろう。

 なぜ、自分は神を求めるのだろう。

 なぜ、みんなは求めないのだろう。



 帰りのバスで、伊藤は考えていた。あいかわらず神のことを、そして、高谷修平のことを。

 近づきすぎたような気がする。

 付き合う気はないのに。

 でも、気にならないと言ったら嘘になる。最近は本を見ても『高谷が読むかどうか』を考えるようになった。経済の本にも興味が向くようになって、ジム・ロジャーズの他の本を調べたりもした。

 自分は高谷のことがすごく気になる。

 しかし、それでいいのか?

 流れる景色を見ながら思うのはそんなことと、やはり『神はどこにいるのか』ということだった。人のいない田舎の山奥か、それとも町の中か、空の上か、教会か。

 家に入ろうとした時、また弟の怒鳴り声がした。母の金切り声も。またケンカだ。2人ともヒステリーで、一度キレると手がつけられない。伊藤は家に入るのをやめた。

 気がつけば、足は教会に向かっていた。

 スタッフがいて、快く中に入れてくれた。礼拝堂の隅の椅子に座り、高い天井を見上げたりしながら伊藤は呼びかけた。


 神よ。どこにいるのですか。


 祈ろうとして深呼吸し、目を閉じた。かすかに風の音、スタッフの足音、それ以外は何も聞こえない。いつしか意識は外から内に沈んでいき、伊藤はしばし、学校のことも、家のことも、自分の存在すら忘れた。


 神よ。


 気がつけば、夕方になっていた。






 


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