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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年3月

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2017.3.5 日曜日 サキの日記 

 数学の補習が終わると同時に、私はあかね、勇気と3人で札幌に向かった。修平は体調不良で来れなかった。平岸パパが送ってくれるって言ったのに、あかねの『うっせえよハゲ!』の一言でダメになり、私達はバスに乗ることになってしまった。いつか奈々子が勝手に乗ったあれ。

 思い出したついでに2人にその話をした。それで、結城さんと一緒に行ったカフェのことを思い出したんだけど、今日は勇気が『行きたいカフェがある』と言っていたので、行くのはやめた。

 札幌に着いて大通に行った時、


 あたし一人でアニメイト見て回りたいから、あんた達は2人でデートでもしてなさいよ。

 3時にまたここでね。


 と言ってあかねが消えた。私達に気を遣ったのか、一人でアニメグッズを見たかっただけなのか(たぶんこっちだろう)私と勇気はジュンク堂の前でしばし気まずく黙り、それから、目的のカフェまで歩いた。けっこう時間かかった。20分以上は歩いたと思う。

 歩いている間、私は前を行く勇気をじっと観察していた。前から思ってたけど、勇気はめっちゃ足が細い。痩せてる。うらやましい。そして、大柄でもないけど小さくもない背中をしている。私はその背中を見ながら考えていた。私はどうして、この背中に飛びつきたいと思わないのだろう、と。結城さんの背中を見たら絶対『自分のものにしたい』と思うのに、肝心の彼氏の背中にそれを感じないのはなぜだろう。彼氏と一緒に歩いているのに、こんなことばかり考えている自分って何なんだろう。

 歩いてるうちに次の駅まで行ってしまった。寒いからそろそろ建物の中に入りたいとゴネてみたら、『もう少しだから』と背を向けたままぶっきらぼうに言われた。冷たい。

 着いたのは、大正時代に作られた古いビルの片隅にある小さなカフェだった。店内は暗い色の木のテーブルでできていた。むき出しの古めかしい電球が卓上を照らしていた。証明は全体的に暗め。落ち着いた雰囲気。小さな店だけど席はみんな埋まっていて人気がありそうだ。実際、私達は入れるまで少し外で待っていた。勇気は前に一度来たことがあるらしく『ここのコーヒーはうまい』と言っていた。実際、中煎りのコーヒーを頼んだら美味だった。

 少し『コーヒーうまい』という感想を述べあった後、


 新橋ってさ、結城さんのこと好きなの?


 といきなり聞いてきた。コーヒーを口にしてなくてよかった。じゃないと絶対吹いてた。

 私は『前は好きだったけど相手にされなかったからあきらめた』と言った。そしたら『ふーん』と言ったきり勇気は黙ってしまった。他の席から『私結婚できる気がしないんだよね』と女友達どうしで話してるのが聞こえ、店の主である大人しそうな女の人はカウンターの向こうで何か作っていた。この店は一人で切り盛りしているみたいだ。

 入口に置いてあるチラシを見てると、勇気が、


 幽霊を刺激しないほうがいいから、

 研究所には行かない方がいいと思う。

 行きたい時は俺もついていく。


 と言った。幽霊。そうだ、その話もあったっけ。

 結城さんと奈々子。


 だったら札幌にも来ない方がいいんじゃない?

 ここ、幽霊達の故郷でしょ。


 そうだ、何か調べようと思ったんだった。


 勇気は急に何か思い出して、私にスマホを見せた。

『70年代の札幌に関する資料』

 というファイルの写真で、作ったのは杉浦。げっ。

 勇気の話だと、橋本のことを調べれば初島のこともわかるし、幽霊のこともわかるんじゃないかと、よりによってあの杉浦と話していたらしい。


 やめて!杉浦はやめて!


 私は狭い店内で叫んだ。客が何人かこっちを見た。


 ただでさえ塾を開催しようとか言ってきてウザいのに!


 え?でも大学行くなら行っといた方がよくない?タダで教えてもらえると思えば特じゃん。コスパ的に。


 やだ。じゃああんたが行きなよ。


 俺大学行かないから。


 え?マジ?


 映像の専門学校にしようと思ってる。


 専門学校だって入試あるじゃん。そうだ、あんたが杉浦塾行くんなら私も行ってやる。じゃなきゃ絶対行かない。


 勢いでそう言ってしまい、杉浦塾への参加が決定してしまった。何やってんだろう私。しかも勇気のやつ!その場で杉浦にLINEして『塾開催したら2人で行くわ』と伝えてしまいやがった!そのせいで、帰ってからスマホ見たら、

『塾の開催日程と内容について』

 というメールが送られてきていた。

 ウザい。杉浦めっちゃウザい!

 勇気は私が本当は結城さんが好きなことに気づいてる。だから研究所に行ってほしくないのだ。

 彼氏なら当然の行動だと思う。

 だけど私はなぜか心が動かない。勇気と一緒にいるのは楽しい。でもやっぱり友達のノリだ。色気がない。そういう気分になれない。

 あかねと合流するため、帰りは地下鉄で大通まで行った。あかねは両手いっぱいにフィギュアの箱を持っていて、私と勇気も持たされた。しかもその後また別なショップにも連れて行かれて荷物はさらに増えた。

 ぬいぐるみコーナーにかま猫に似たぬいぐるみがあってほしかったんだけど、あかねの大荷物のせいで買えなかった。夕飯は同じビルの地下にある回転寿司に行ったんだけど、荷物多すぎて食べてる間も邪魔だった。しかも蹴ったらあかねに怒られたし。

 食べてる間、勇気はあかねとクラスの人達の噂話してて、私とはあまり話そうとしなかった。クラスでは最近、修平と伊藤ちゃんの仲が噂になっている。というか『高谷の片思い説』が有力。カッパにつきまとわれている伊藤ちゃんかわいそうだ。

 そうだ、春休みになる前に図書室で本借りておこう。

 スマコンが最近『来年は大きな喪失が訪れる』という占いというか予言をしているとも聞いた。どうでもいいけど。あかねは、


 うちらあと一年で卒業なんだからそのことでしょ?


 と言っていた。

 あと一年。

 私はこうやって過ごすのだろうか。好きかどうかわからない彼氏と(嫌いではないけど)絶対手に入らない男の背中を見たりピアノを聴いたりしながら。あと一年も。

 どうして何をどうしても結城さんを思い出すんだろう?

 もしかして奈々子のせいだろうか。

 今日出てこなかったけど。

 疲れてしまって帰りのバスは無言。帰ってしばらくしてから、


 研究所に行きたくなったら言って。


 とLINE。気を遣っているのか、警戒しているのか。

 私はどうしたらいいんだろう?







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