2017.2.26 日曜日 ヨギナミ レストラン
昼。
ヨギナミはいつもどおりレストランにいた。帰った客の後片付けをしていると、
ナミちゃぁ〜ん。
甘ったるい声がした。スギママだ。入口を見ると、やはりスギママが笑顔で手を振っていて、隣に息子、杉浦涼がいた。
杉浦の姿を見たとたん、ヨギナミの心臓が跳ね上がった。杉浦がここに来るのは初めてではないか。レストランの制服を見られるのも。
ヨギナミはできるだけいつもどおりに行動しようと思った。親子は揃ってハンバーグランチを頼んだ。
うちで作ってもおいしくならないのよね〜ハンバーグって、なんでかなあ。
とスギママが話しているのを聞きながら厨房に戻った。ハンバーグを自分で作ったのがいつだったか、思い出そうとしたが無理だった。母が嫌いだからめったに作らなかったのだ。
母。
母は入院していて意識がない。なのに私は何を考えているんだろう。
そう思いながらも、杉浦がいる席から意識が離れず、他の客の言うことを聞き逃して謝ったりした。いつもはこんなことないのに。
親子は以前面倒を見た子供の話をしているようだった。母親が亡くなったので祖父母に引き取られたという。こないだクラスで話題になってた子のことだ。杉浦は今でも手紙を送ったりしているらしい。
本当はLINEが使えるといいんだが。どうも向こうの方々がインターネットに疎いらしくてね。
ヨギナミがランチを運んだ時、杉浦はそう言ってちらっとヨギナミの方を見た。
ヨギナミもそろそろスマホに替えたらどうかな?
いきなり話しかけられたので驚いて、置こうとしたボウルが変な音を立てた。
今はそんなに高くないし、グループ内のやりとりもしやすくなる。
考えとく。
ヨギナミは小声で言ってその場を離れた。クラスでスマホを持っていないのは自分だけだ。杉浦の言うとおりかもしれない。
一通り食事が終わった後、片付けようとしたヨギナミに、
働いてる姿もきちっとしてるわね〜。
うちの嫁にしたいわぁ〜。
とスギママが言った。すると、
母さん、やめたまえ。
僕にそんな気はない。
杉浦がはっきりと言った。嫌そうな顔をして。
そんな気はない。
そうか、そうなんだ。
ヨギナミの意識は、半分どこかへ飛んだ。それからの記憶があまりない。おそらくいつもどおりに、機械的に片付け、会計をし、元の仕事に戻ったのだろう。
気がついたら終了時間になっていて、平岸パパの車が迎えに来ていた。
顔色が悪いなあ、ナミちゃん。
平岸パパが言った。
もうすぐ3年になるんだし、バイトはやめるか、もっと少なめにして勉強に専念した方がいいんじゃない?
そうはいかない、とヨギナミはぼんやり思った。しかし、先程の杉浦の言葉や表情が頭から離れず、他のことを考える余裕はなかった。
私、何を期待してたんだろう?
バカみたい。
もう少し好かれてると思ってたのに、
ものすごく嫌な顔してた。
ぼんやりしたまま夕食を食べていると、早紀が出てきて、
奈良崎と伊藤ちゃんをくっつけるために、
カッパを邪魔しよう。
と、前置きもなく唐突に言い出した。
とりあえず明日は私がカッパを誘って、
図書室に行けないようにしようと思うんだけど。
そういうことするのやめた方がいいよ。
自分がされたら嫌でしょ?
高条はどうしたの?
ヨギナミが聞くと、早紀は、
今ケンカしてるから口きかない。
と言って出ていった。ヨギナミはまたぼんやりし始めた。
どうしたのナミちゃん。食欲ない?
平岸ママが尋ねた。
さっき、レストランにスギママが来たんです。
まあ。きっとまた余計なおしゃべりしたんでしょう。
ええ、ものすごく余計なことを。
と言いたかったが、黙って食事を口に運んだ。部屋に戻ってからも勉強は全く手につかず、借りっぱなしの『エマ』をめくってはため息をついていた。




