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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年2月

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2017.2.23 木曜日 図書室 高谷修平

「高谷」

「何?」

「具合悪いよね」

 伊藤が修平の顔をのぞきこんだ。

「わかる?」

 修平は下を向いた。伊藤と目を合わせたくなかった。軽いめまいもした。

「悪いけど俺帰る」

 修平はコートを着て、図書室から出ていこうとした。

「送ってく」

 伊藤がついてきた。

「図書室は?」

「今日誰も来てないし、先輩達も受験終わり頃だから来ないしょや。鍵置いてくるから廊下で待ってて」

 伊藤が廊下を早足で歩いていき(こういう時でも走ったりしないんだなと修平は思った)すぐに戻ってきた。校門のあたりで別れるのかと思ったら、その後も伊藤はついてきた。平岸家まで来るつもりらしい。

 伊藤と一緒に歩くのは、本屋に行った時以来だ。

 何を考えているのだろう?バレンタインにはチョコレートをくれなかったし、その後図書室で会ってもなんとなくよそよそしい感じだったのに。

「マフラー、緩んでる」

 伊藤は修平のマフラーに手をかけ、一回外し、ていねいに結び直した。そしてまた歩き始めた。修平は数秒止まっていたが、そのうち我に返って伊藤の後を追った。

 平岸家まで、2人はほとんど会話しなかった。伊藤は時々振り返りながら、少し前を歩いていた。

 伊藤に触りたい。

 修平は思った。

 だけど、絶対に触れてはいけないような気もした。修学旅行の、長崎のことを思い出した。雨の中、傘をさして、白いブラウス姿で前を歩いていた伊藤。今は黒いコートを着て、紺色の毛糸の帽子をかぶっていた。

 どうして伊藤は今、自分と一緒に歩いているんだろう?

 それが聞きたかったが、声が出ない。

 平岸家に着くと、ちょうど平岸パパが車を出そうとしている所だった。

「買い物に行くとこなんだよォ。一緒に行く?」

「高谷、具合悪いみたいなんです」

 伊藤が言った。

「少し休めば治ります」

 修平はつぶやいた。本当に治るかどうかは確信がなかったが。

「そうかい」

 平岸パパはいつもどおりニコニコしていた。

「伊藤さん、よかったらお家まで送るよ?」

「えぇ〜?村は遠いからいいですよ」

「遠慮しなくていいよ。どうせ隣町の店まで行くんだし」

「じゃあ、バス停までお願いします」

 伊藤は修平の方を見て、

「ちゃんと休みなさいよ。ゲームとかしないで」

 と怖い顔で言った。

「その言い方、ママさんそっくり」

 うっかり反射で言ってから、修平は顔を赤らめた。伊藤もなんとなく気まずい顔をしながら車に乗った。

 車が走り去るのを見送ってから、修平は部屋に戻った。コートを脱ぎ、マフラーを取ろうとして、手が止まった。

 伊藤が巻いてくれたマフラー。

 修平はしばらく、ぼんやりとその時のことを思い出していた。熱が出てきそうだ。少しめまいがする。

『マフラーを取らないんですか?』

 新道先生が現れた。

「寒いんだよ」

『ストーブをつけないからですよ』

 新道先生がストーブに視線を走らせると、電源が入った。

「先生どこ行ってたの?」

『久方さんがまた死者の世界に来てしまいまして』

「また?」

『しかも初島を探していたようです』

「初島、来たの?」

『幸い今日は姿を見せませんでした』

 新道先生は壁にもたれて頭を傾け、呆れたような表情をした。

『『自分が何者かわからない』『どうしてこうなったのかずっと聞きたいと思っていた』この繰り返しなんですよ。私は、それを初島に聞いてもムダだと思っているのですが』

「自分は何者か」

 修平は問いを繰り返した。

「自分を捨てた人にそれ聞いちゃダメだよね。『いらないから捨てた』で終わりかもしれないじゃん。実際それっぽいし」

『どうも、久方さんの中で、何かがしっくりきていないようです。新橋さんが来なくなったせいで、一人で考え込んでいるのかもしれません』

「サキはなあ〜。勇気とつきあってるもんな〜」

『修平君』

「何?」

『顔色がよくないですね』

「そうだよ。だから伊藤に送られて帰ってきたんだって」

『伊藤さんが?』

「そうだって。伊藤何考えてんだと思う?ただ親切なだけ?」

『さあ。それは本人に聞かないとわかりませんね』

「聞けないから困ってんだって。俺もう寝る」

『わかりました』

 新道先生は薄く笑いながら消えた。修平は少しだけ眠ったが、平岸あかねの『夕飯食べんの!?食べないの!?』という怒鳴り声に起こされた。

 平岸家に行くと、早紀が、

「なんで室内でマフラーしてんの?バカなの?」

 と真顔で聞いてきた。修平は『神様、こんな嫌な女に彼氏がいるのはなぜですか』と思ったがもちろん口には出さず、マフラーを取って椅子にかけて座った。

「今日、伊藤ちゃんと一緒に帰ってきたでしょ」

 平岸あかねがニヤニヤしながら言ってきた。

「俺の具合が悪いから心配しただけだって」

 修平はうんざりしながら言った。伊藤のことでからかわれるのは嫌だった。

「そうかなあ」

 ヨギナミがつぶやいた。

「少しでも長く一緒にいたかったからじゃないかなあ」

 その場の全員がヨギナミを見た。

「違うって。カッパに野垂れ死にされたら後々面倒だから、一応ついてきただけだって」

 早紀が言った。

「サキさあ、俺になんか恨みでもあんの?」

「ない。ウザいだけ」

「でも、そうかもしれないわよ」

 あかねが珍しくヨギナミに同意した。

「伊藤ちゃんって、恋愛にはかなり奥手だから、進め方がわかってないのよ。あんま強引にしない方がいいわよ。引いちゃうから」

「こないだ先輩にも同じこと言われた」

 急ぐな、と言われたのを思い出した。でもそれは具体的にどうしろということだろう?黙って普段通りにしていることか?体調が悪くていつもどおりにもできないのに?

 食事を終えて帰ろうとすると、

「カッパ、ちょっと来て」

 と早紀に声をかけられた。早く寝たいのになと思いながらテレビの間についていくと、

「やっぱり、奈々子に歌わせた方がいいと思う?」

 と聞かれた。

「なんで?」

「さっき、『懐かしい歌を思い出した』とか言って、戦争っぽいめっちゃ怖い合唱曲を延々と歌われた」

「うわ〜」

「あれを止めるには歌わせて欲求不満を解消するしかないかもって思ったんだけど、体使われるの嫌なんだよね。結城さんと仲良くされたら嫌だし」

「怒らないで聞いてくれる?」

「何?」

「たぶん結城と仲良くしないと、奈々子さんは満たされないんじゃ──わあっ!」

 早紀は修平に新聞を投げつけると、

「カッパめ!」

 と叫びながら走っていってしまった。

「俺に八つ当たりすんなよもう」

 めまいがぶり返していたので、修平は部屋に戻ってすぐ寝ることにした。

 そうだ、俺も先生をどうにかしないと。

 と考えたが、何かいい考えが浮かんだわけではなかった。ぼんやりと夢うつつで思い浮かんだのは、やっぱり伊藤のことだった。夢の中で、なぜか白いブラウスを着て、こちらをじっと見ている伊藤。


 私に近づいて。

 でも、近寄ってこないで。


 そう言っているように見えた。







 

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