表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年2月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

717/1131

2017.2.17 金曜日 サキの日記


 先生の奥さんおもしろい人なんだよね。

 頭いいのにちょっと抜けてるっていうか、

 天然な所があってさ〜。


 朝、修平が新道の話をしていた。でも私は『女に学問は必要ない』と本気で思ってる人が実在したということに深い戦慄を覚えた。しかも、そんなに昔の話じゃない。今まだ生きてる人達の若い時代の話。今でもその価値観で生きて女の子をおとしめてる人がいるのかもしれないと思うとぞっとする。

 新道の奥さんは、成績が良くてお金持ちなのに大学に行けなかった。

 親が古い価値観の『バカ』だったからだ。

 誰にだって学問は必要だ。しかも、今は世の中がどんどん変わる。学校に行こうが行くまいが常に学んでいないと、普段の買い物の支払い方法すらわからなくなる時代だ。田舎である秋倉でさえ、カフェで電子マネーが使える。


 今日はHRに外部の講師が来ていて『就職セミナー』をやっていた。ほんとは大学行く人は参加しなくてもいいんだけど、暇だったので出てみた。小論文の話で『小説を書くんじゃないんですから、独創的な名文を書く必要はないんですよ』と言われたのがなぜか引っかかった。私は独創的な名文が書きたいのかもしれない。あとは、身だしなみやマナーは大事ですよとか、ネイルの派手なものはやめておきましょうとか、体の線が出る服はNGですとか、パンツやスカートの色は黒か紺色など、落ち着いた色がよくて白とかはダメだとか、そんな話。

 私は憂鬱だ。大学に行ったとしてもいつかは黒いスーツ着て就活しなきゃいけない。はっきり言って嫌だ。でもいつか、そんな日は来てしまう。

 気がついたら2月も半分以上終わってる。3月が来て4月が来たら私は3年生になってしまう。受験勉強に明け暮れなきゃ。前の学校の子達は1日10時間は勉強してる。私は──数学の補習の日程を渡されて、佐加と一緒に春休みのことを愚痴っていた。

 このままではまずい。

 いや、入試に数学がない私大もある。文系なら。

 そこを狙うしかない。

 私は既に『数学忌避ゾーン』に入ってしまっていた。

 帰り佐加と一緒にカフェに行ったら、勇気はまた私達を動画に撮りだした。佐加がふざけてねこを突っついて威嚇されていた。『うわ、怖っ!』とか言いながら面白がっている佐加を見てたら、私より佐加の方が勇気と相性いいんじゃないかと思えてきた。でも佐加、彼氏いるしな。

 元気ないね、と言われたので、数学の補習あったら元気になんかなれないと言った。『その話もうやめようよ〜』と佐加に言われた。勇気はその間ずっとスマホで店内を撮っていた。

 よく大人が『時代についていけない』って言うけど、

 私もついていけない。動画ばかり撮りたがる彼氏に。

 いいかげん撮るのやめて座んなよ、と私は言ってみたんだけど、勇気は座ってからも撮ったものの編集をしていた。あんま話す気なさそうだった。

『私と動画、どっちが大事なの?』と口から発してみたい。でも、聞くまでもなく答えは明らかだ。だから聞けない。


 明日平岸家遊びに行くね。


 という佐加の声とともに、帰ることにした。外は雪だった。今日は気温が低くて寒い。だけど空気は澄んでいる。所長が調子よかったらきっと外に出て雪の結晶を見たりしているだろう。

 今何してるか聞いてみようかと思ったけど、やめた。しばらく行かないって勇気と約束したし、所長だって他にやることがあるだろうから。



 夕食の時、あかねが、


 あんた達って色気ないわよね。勢いに任せて押し倒すとか、ないの?せっかく付き合ってるんだからネタちょうだいよ。


 と、とんでもないことを言って、平岸ママに『やめなさい』と注意されていた。ヨギナミは無反応。修平も黙っていた。伊藤ちゃんとはどうなってんのか聞いてみたら、図書室で話はしてるよと言っただけだった。あかねが、


 伊藤ちゃん、大人しそうに見えるけど実はロマンス小説とか大好きだから、実は熱い恋愛を求めてるかもよ?


 と言ってニヤニヤしていた。修平はそれにも反応しなかった。なんとなく気まずい空気が漂いだしたので、私は早めに食事を済ませて、皿洗うためにキッチンに引っ込んだ。平岸ママに『彼氏はどうなの?』と聞かれたけど、動画に夢中で私に興味なさそうですとしか言えなかった。

 私達、何のために付き合っているんだろう?

 今日は特に勇気が冷たかった気がするけど気のせい?そのうちあかねが言ってたような『押し倒される』事件が起きたりするんだろうか。畠山の時みたいに──。


 あの時みたいに。


 そう思ったら怖くなってきてじっとしていられなくなり、私は部屋の中をうろうろ歩き回ったり本を読もうとしたり動画見ようとしたりしたけど、こういう時に限って不快な広告が表示されて、慌ててスマホ閉じることになったりした。変な広告作ってる奴皆殺しにしたい。

 私は結局、また所長に電話してしまった。


 何だかよくわからないけど、不安なんだね?


 所長が言った。私は、何でもいいから話してほしいと頼んだ。すると、かま猫がコロコロにくっついたまま暴れてからまってしまい、取るのが大変だったという話を聞いた。それから、Facebookで大学の友達と連絡を取ってるとか。

 Facebookも怖くて使ってないんですよと言ったら残念がっていた。所長はTwitterが怖くて使っていないと言っていた。


 みんな攻撃的すぎると思うんだよね。言い回しとか表現が。読んでてきついと思うことがよくある。


 それから所長は30分くらい、神戸の友達が営業先で会った変な人の話をした。大阪は人はいいけどガラの悪い男が多いよとか言いながら。

 それから、所長はこう言った。


 落ち込んでいる時にこんなこと言うのもどうかと思うけど。

 サキ君、本当は、僕じゃなくて彼氏を頼るべきじゃないのかな。


 そこで思った。勇気が前の学校で起きたことを聞いたらどう思うだろうと。ただでさえ動画好きなのに、どこかで私の動画を見つけたら?畠山やノノバンが撮ったものがどこかに残ってたら?


 勇気は動画にしか興味ないんですよ!


 私はそう言ってから自分が嫌になってきた。勇気にどうこう言えるほど私は彼のことが好きだろうか?何だろうこの、所長の気を引きたいかのような言い方。私はいっつも大人にこういう態度をして甘えてきたんだっけ。自分が嫌になってきた。


 すみません、急に電話して。もう切ります。


 所長は別にいいんだよと言ってくれた。優しすぎる。でももうこの優しさに甘えてはいけないような気がする。


 大丈夫ですか?


 電話切った瞬間に壁から新道が生えてきた。何度見ても気持ち悪い。壁から上半身が生えてくんの。


 何でもないから引っ込んでください。お願いします。

 

 最近、神崎さんと話しましたか?


 と聞かれた。バレンタインの夜以降見てないと言った。


 気は向かないかもしれませんが、もう少し彼女を理解してもらえませんか。


 また嫌なこと言ってくるなと思ったけど、疲れてたし早く寝たかったので『考えときます』と言っておいた。新道はすぐ引っ込んだ。修平が何か話しているのが聞こえた。ウザいカッパと幽霊。

 私は寝ようと思って一度ベッドに入った。もう0時近くになっていたし、明日は土曜だけど佐加が来ることになってるし。でも眠れなかった。いろいろ思い出してしまったせい。さっきよりは落ち着いたけど、やっぱり不安は残ってる。肌がヒリヒリするような不安が。

 私は昔のことを忘れたくて、代わりに奈々子のことを考えた。彼女に成仏してもらうにはどうしたらいいか。やっぱり歌わせるしかないのかな。私の体を使って(でもそれ、めっちゃ気持ち悪い)。それとも、さっきの新道が言ってたように、理解してあげればいいのか。でも、人を理解するって具体的にどういうこと?


 何をしてほしいの?


 私は空中に向かって尋ねた。

 でも答えは返ってこない。気配はしたんだけど、なんか、出てくるのをためらっているような気配が。


 言いにくいことなの?まさか結城さんとセックスしたいとか言わないよね?


 冗談のつもりで言ったら返事もないし気配も消えた。逆に怖いので私はベッドから出てコーヒーをいれて飲んでしまった。どうしてくれるんだ。今日絶対眠れないじゃないか。もう読みかけの本を片付けるしかないと思ったけど、こういう時に活字見ても絶対頭に入ってこない。

 どうしよう、奈々子の成仏に結城さんが必要だったら。

 辛すぎるんですけど。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ