2017.2.7 火曜日 サキの日記
朝からだるくて、起きられなくてうだうだしてたら、あかねが『いつまで寝てんのよ!?ごはんあげないわよ!』と怒鳴りに来た。慌てて起きて朝食に向かうと、みんなもう食べ終わっていて、ヨギナミが食器を洗っていた。
学校に行こうとしたら、アパートの前に勇気がいた。一緒に登校したかったそうだ。からかうカッパを追い払いながら草原の道を歩く。この辺本当に何にもないよねという話をする。昔は学校の近くに、パンや軽いおやつを売る小さな店があったそうだ。でも、生徒が減って、店主も歳を取り、店はなくなってしまった。学校帰りにお菓子を買えたらよかったのにと話してたら学校に着いた。玄関に伊藤ちゃんがいて、カッパと何か話していた。この2人どうなっているんだろうと思って廊下で勇気に聞いてみたら、
俺はどっちかというと保を応援したいんだけど、
あいつは字を読むのが苦手だから不利なんだよね。
と言っていた。奈良崎かわいそう(授業中寝てたけど)。
体育の授業の後眠くなったので、昼休み机で寝てた。佐加達が奈々子の話をしていた。やっぱり歌わせた方がいいよとか。絶対嫌だと人が言ってるのに何なんだ、むかつく。文句言いたかったけど眠いしめんどくさいので黙ってたら本当に爆睡してしまって先生に肩叩かれた。
帰り、勇気は保坂達とどこかに行くと言って反対方向に行ってしまった。正直、ほっとした。行きも帰りも一緒だと、ちょっと──ウザい。彼氏をウザいとか思う私はおかしいのだろうか。でも一人になりたいと思うのは悪いことではないはずだ。今日は誰にも会いたくなかったので、研究所にも行かなかった。
部屋でまだ読んでない本を出して、十冊以上あったから慌てて読んでたら、またあかねが怒鳴り込んできたので夕食に行った。
ヨギナミがいなかった。
平岸パパに、
与儀の奥さん、もう長くないらしい。
という話をされた。たぶん今年中もつかどうかだとか、医者は半年って言ってるけどまだ希望は捨ててないとか。平岸ママもいなくて、夕食はハヤシライスだった。みんな何もしゃべらず黙々と食べていた。
母親が死ぬかもしれない。
私はそれが想像できない。うちの40代の娘からは、ロケ先で撮ったどっかの海の写真と『ここに妙子が出るよ』というコメントが来てた。
妙子が死ぬことなんてあるんだろうか。
火口から復活した女なのに。
私は母にヨギナミの母親の話ができなかった。ロケ中にショックを与えてはまずいと思ったからだ。代わりに、一時間おきにバカピョンなメッセージを送りつけてくるバカに話を振ってみた。
なぜか返事が来ない。
なぜだ、いつもはしつこくパパピョーンとか、チョコほしいピョーンとか送ってくるのに、なぜ肝心な所で黙るんだ!?
と思ってたら、寝る直前に来た。
俺くらいの歳になるとさあ、同年代の奴の死はこたえるんだよ。その奥さんいくつ?高校生の娘いるんだから若くて30代くらい?
こないだも知り合いが一人ガンで亡くなったんだけどさ、まだ41だったんだぜ。41だぞ、男の人生はまだ始まったばっかだろ?俺考えちゃうんだよな。人生これでいいのかなって。今急に病気とかで死んだら、俺は満足できるのか──
やばい。真面目に考え始めた。
バカが真面目に考えるとろくなことにならない。
だから俺もそろそろ名作を書いてだな──
やめて、
また机を原稿用紙だらけにするのやめて!
東京まで片付けに行きたくなるから!!
シナリオはパソコンで書いてね。
丸めた紙まき散らされるとウザいから。
と私は言った。すると、
いや、文字ってのはやっぱり紙に書くのがいいんだよ。原稿用紙を前にこう悩んでさあ、失敗作をクシャッとするあの感覚が──
私は奴に話を振ったことを後悔した。しばらくこの話は出さないことにしよう。でもヨギナミのお母さんが死んだら、一応伝えなきゃいけないんだろうな。そうするとやっぱり、バカも妙子もショックを受けるんだろうか。
そういえば、バカ、友達がガンで死んだ話、今まで出してきたことなかったな。子供に聞かせたくない話だったんだろうか。
私は自分のためだけに、ヨギナミの母親がしばらく死にませんようにと祈った。わかってる。これはエゴだ。自分勝手すぎる。ヨギナミには話せない。バカがなんとなくショックを受けるだろうなとは今日のやりとりで想像ついた。でも、怖いのは40代の娘だ。あの人がショックを受けたら、何をし始めるか想像がつかない。
なんで私が親の心配しなきゃいけないんだ。
おかげで今日も眠れなさそうだと思ってコーヒー飲んじゃったじゃないか。
久しぶりだ、夜にコーヒー飲むの。私もかなり動揺しているのかな、今。
気づいた。
人が死ぬ、かもしれない。
それだけで人は動揺するのだ。




