2017.1.30 月曜日 サキの日記
夜中に結城のとこ行くのは危ないよ。
カッパが言った。勇気がうなずき、
それはなんとかして阻止しないとだめだよな。
と言った。私が朝起きた瞬間にブチ切れて平岸家で騒いだせいで、早朝から第3グループ会議が開かれてしまった。カフェで。
でもどうすんの?
誰かが夜通し見張ってるわけにもいかないでしょ?
あかねが言った。
あそこの鍵持ってるだろ、サキ。
勇気が聞いてきた。嫌な予感がしたけど『うん、持ってる』と言った。
それ、夜寝る前に誰かに預けたらいいんじゃないかな。そしたらあそこには入れないだろ、幽霊も。壁すり抜けるわけじゃないし。
新道は壁すり抜けるからわかんないよと言ってみたけど、結局他に名案が浮かばなくて、夜9時になったらカッパが鍵を没収しに来ることになってしまった。何か嫌だけど他にいい方法がないから仕方ない。
高条に『サキ』って呼ばれるとなんか、体の表面がウズウズするし、私も『勇気』って呼ぶの慣れなくて、口に出そうとするたびに詰まる。なるべく主語ぬきで話そうかなと思ったり。そこは日本語は便利と言うべきか、英語みたいに『彼』を使えないのが不便と言うべきか。
私は奈々子に腹を立てていた。けど、もっと気になったのは結城さんの反応だった。一瞬、すごく感情的になって、『誰のせいだと思ってるんだ!』と叫んだ。前酔っ払った時も『お前のせいでピアノがやめられない』と言ってたし。
結城さんがピアノ狂いなのは、奈々子のせいだ。
かわいそう。もし生きてたら付き合って結婚して子供いたかもしれないじゃん。
昼休み、話を聞いた佐加が嫌なことを言った。
サキの体を使って想いを遂げられたら大変よね。
ウフフフフ。
あかね!そこは笑う所じゃない!怖いこと言うな!
ごめ〜ん。でも今心配なのそれでしょ?高条は気が気じゃないでしょうね。自分より先に彼女寝取られちゃ。
いい加減にしないとお弁当窓から投げ捨てるよ?
やだ!サキが怖い!
みんなどこか面白がって、真面目に聞いてない。腹立つ。真面目に聞いてくれそうなヨギナミは今日、病院に呼ばれてていなかった。後で聞いたら、お母さんの容態が一時的に悪くなったけど、持ち直したとか。大変そうだな。
所長さんとヨギナミのお母さんが付き合ってるって噂があるらしいけど本当?
帰り、図書室で伊藤ちゃんに聞かれたので、強く否定してから、カッパの余計な口出しと共に事情を説明した。
それは久方さん辛いねえ。
何とも思ってない人と噂にされて。
何とも思ってないわけじゃなくて、一応心配はしてるんだけど、その心配が本来いらぬ心配(だって自分に関係のあることじゃないはずだし)だから困るんだという話をした。
お人好しなんだあ。そういう人は嫌いじゃないな。
伊藤ちゃんが言った。するとカッパが、
久方さんはサキのことが好きだから、
狙っても無駄だよ〜。
と勘違い発言をしたので、私は慌てて訂正した。『友達です』と。昨日所長も奈々子にそう言ってたし。
カッパは『そうかな〜?』とニヤニヤしてた。キモい。
帰り研究所に行こうとしたら、勇気もついてきた。所長はあのゴーフレットを出してくれた。夜中に私の鍵をカッパに預けるから、奈々子がここに来ても鍵を開けないでほしいと勇気が言うと、所長は『わかった』と言った。
高条は所長のDVDの棚を見て、
昔の映画しか見ないんですか?
と聞いた。所長は、
大きな音とか点滅が苦手で、映画館で映画見れないんだよね。それでDVDあさってたらいつの間にか昔のが揃っちゃっただけ。
と言っていた。本当は『暴力シーンとか怖い映画は苦手』と前に言っていたことがあるけど、それはたぶん男の子には知られたくないんだろうな。今日は言わなかった。
勇気、毎回、私についてくる気かな。
それはちょっとうっとおしいと思う。でも、彼氏の立場だと、彼女が大人の男と一緒にいるのは嫌だろうし、しばらく研究所行かない方がいいのかな。
結城さんは今日、穏やかな曲ばかりずっと弾いていた。リストとかシューベルトとか、エリック・サティなんかを。何だろう。一応気を使っているのか、偶然今日はそういう曲を弾きたい気分だったのか。
そう、9時にカッパがドアをノックしてくるまで、私は結城さんのことばかり考えていた。カントクの『それは性欲!』という言葉が頭の中に響いてきた。これは恋だと思っていたけど、じゃあ高条、いや、勇気(やっぱりまだ慣れない!)と付き合って時々ニヤニヤしてる私って何なんだろう。自分がよくわからない。
カッパが、
俺がこの鍵使ってあそこに入ったら怒る?
と冗談で聞いてきたので、廊下に蹴り飛ばして思いっきり乱暴にドアを閉めてやった。
どうしてみんな、深刻な問題でふざけるんだ!?
むかつく。




