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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年1月

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2017.1.28 土曜日 サキの日記

 佐加、藤木と私、高条でダブルデート。場所はショッピングモール。平岸パパが車で連れてってくれた。このパパつきというのも気になるし、実際は佐加が服ばかり見たがって、退屈した男子がどっかに行ってしまった(ゲームコーナーと本屋を見て回っていたらしい。私もそっちに行きたかった!)ので、ただの買い物じゃんと思った。

 佐加は私にかわいい服を着せたがり、カフェっぽい服ないかなとか言って、いろんな店をつれ回された。カフェっぽい服って何だ。私は彼女だけど嫁じゃないんだって。そこで私は、まわりに結婚とかそういうことを期待されないか心配になったりした。それに、付き合っていたらキスとかセックスとか求められるんじゃないかとか。

 悪しき畠山の記憶が蘇ってきた。

 せっかく高条が手をつないで歩いてくれたのに、私はいい気分になるどころか、この先体に触られたりその先の行為を求められる予感で怖くなって、何も楽しめなかった。彼氏と手をつないでるのに怖くて硬直してる彼女って何だろう。

 高条のことは嫌いじゃない。

 どっちかというと好きだと思う。

 似た所もある。大声を出す人が苦手とか、目立つのは苦手だけど何かを表現したい所とか(私は文章で、高条は動画で)。高条はあの市場で怒鳴ってたおじさんのことが『今でも怖い』と言っていた。私もそうだ。たぶんもう会うことはないと思うけど、あの怒鳴り声を思い出すだけで身がすくむ。

 せっかくおいしいアイスとか食べて、かわいいものを見て回って、みんなで学校の噂話して楽しく過ごしたのに、私の心の隅には常に何かが引っかかっていた。

 このまま進んでいいんだろうか。

 なんでこんなことを怖がらなきゃいけないんだろう。

 カントクに言われた『軽々しくヤって妊娠しちゃった子の話』とかも思い出した。性欲の話だ。高条にも性欲はあるだろう。よく大人の書いたものにあるように『十代の男の子の性欲ってなんであんなに──』いや、私は何を考えているんだろう。

 今の所、高条にその『ヤりたい』感はない。

 でも今後出てきたらどうしよう。

 私は何を心配してるんだろう。まだ付き合い始めて一週間も経ってないのに。

 佐加と藤木はなんだか、わがままな娘とまじめなお父さんみたいな感じだ。佐加が暴走して、藤木が慌てて追いかける。あるいは、黙って見守ってる。この2人の性欲はどうなっているんだろうと思ったけど、さすがに聞けない。でもそのうち佐加にはこっそり聞いてみようかな。


 帰ってきてから、お土産のドーナツを持って研究所に行った。

 所長はやっぱり午前中は橋本を病院に行かせていて、橋本は、意識のないヨギナミの母親に熱心に話しかけているらしい。平岸ママも言ってたけど、


 おしいわあ。

 あさみが元気だったらいい夫婦になれたのに。


 とか。いや、それ所長じゃくて幽霊なんですって!と私は言った。本当はここにいるはずのない存在だって。

 奈々子は今日出てこなかった。私が高条と付き合い出して引っ込んでるのか。一度『本当にそれでいいの』と言ってきたけど。


 サキ君はそれでいいの?


 と所長に聞かれた。私はいいんですと答えたけど、もちろん、本当は、迷っていた。所長は最近また映画が見たくなったけど、スマホの小さな画面で見るのは嫌だし、パソコンで見るのもなぜか嫌だというので、DVDを探していた。最近手に入りにくくなっているものもあるらしい。


 何でもネット配信になったからね。CDとか、モノ系のメディアは減っていくよね。でも僕、なんでもネットにつながなきゃできないっていうのは嫌なんだ。

 音楽と映画は、そこから独立させておきたい。ネットがつながらなくなっても見たり聴いたりできるようにね。

 ただ、置き場所を取るんだよなあ。


 と言っていた。ネットに置き換わってなくなっていくモノたち。かつてはその時代を象徴していたもの。

 奈々子もCDの時代に生きていたっけ。

 でも、性欲の話してもわからなさそうだな。あの時代にもそんな話できたんだろうか。前にうちのバカと劇団の人が言ってた。今はなんでもネットで調べられるけど、昔はそんなものなくて、情報は本かテレビか新聞で得るしかなかったと。そこに「エッチなもの」つまりエロいものはなかったので、男たちはこっそりビデオ屋の片隅の18禁──いや、私は何を考えているんだ!?とにかく、正しい性の知識を得る場所が、昔の人には人生そのものしかなかったとか、そんな話。

 私はさっきから意味不明なことばかり書いている。

 要は高条といずれキスとかセックスとかして大丈夫なのかということだ。

 今の所無理。好きでも無理。

 求められた時に断われるだろうか。自信ない。私は流されやすい。一度それでひどい目に──

 いや、それは思い出しちゃいけない。

 所長に「エッチなDVD」とか持ってないんですかと聞いたら、


 前に言ったでしょう。

 そういう刺激されるものは嫌だって。


 と、怒られてしまった。でもどっかに隠してるかもしれないし、今度こっそり探してみよう。


 なんで私はさっきからエロい創作物のことばかり思い出してるんだろう。これも畠山のせいか。あいつが私に18禁のやらしい画像とか見せたからだ。今思うとあれは犯罪だ。だって18禁だし。でも、面白がって見ようとしてしまった私も悪いのか。何かあるとすぐあれを思い出してしまって、気分が落ち着かなくなる。

 何も知らなかった頃に帰りたい。

 でも無理。


 結城さんは今日リストを弾いていた。所長によると、平日は私が来ないだろうと思ってラヴェル三昧してたらしい。もちろんあのトッカータも『狂ったように何度も』弾いていたそうだ。


 やっぱ結城さん、奈々子のこと好きだと思う。

 あのトッカータをどうしても完成させたいんだ。

 だから、

 『お前のせいでピアノをやめられない』

 って言うんだ。


 暗く沈んだ気持ちで林の道を歩いていたら、呼びに来たあかねとはち合わせた。『デートどうだった?』と聞かれて、そんなことはすっかり忘れていた自分に気づいた。佐加が服ばっか見たがって男子と一緒にいる時間がなかったと言ったら、


 あのハゲ頭悪すぎ!佐加を服がある所に連れて行っちゃダメに決まってるじゃん!

 なんで観光地に連れて行かないのよ!

 あのもうろくハゲ!!


 私は平岸パパがかわいそうになってきた。普通の父親は娘の友達のデートにわざわざ車出したりしないと思う。平岸パパも心配してるんじゃないだろうか。娘の身になにか性的にまずいことが起きないだろうかと。

 ただし、あかねの場合、

 自分でもっとまずいことを起こす。


 ダブルデートに行ったら、

 実は彼氏どうしが愛し合っていることが発覚して、

 美少年どうしのラブラブを、

 女の子2人が狂喜しながら見守るっていうのはどう?


 そう、恐怖のBL妄想だ。

 私は一瞬、高条と藤木が「ラブラブしてる」所を想像して爆笑をこらえるのに苦労し、修平はやっと体調が戻って食卓に出てきたのに、慌てて皿を持ってテレビの間に逃げ、ヨギナミは黙って食事を口に運び続けた。平岸ママは、『いいかげんにしなさい!!』と怒った。

 部屋に戻ってからも、私はこの男子ラブラブ妄想に苦しめられた。それが、昔見たり聞いたりしたエロ話とごちゃごちゃになって頭が混乱してきたので、脳を浄化するためにBBCの音声を聴き、猫の動画を見た。あと、高条がやってるチャンネルも見た。あの、カフェに残っていたおじいさんの8ミリを編集し直して、町の紹介としてまとめたものだった。

 どこまでもどこまでも広がる(いにしえ)の草原。

 私は思った。

 この秋倉の草原に、

 エロ話ほど似合わないものはない、と。








 

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