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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年1月

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2017.1.27 金曜日 病院→研究所

 新道は普通じゃなかった。確かに、あの頃から人間にしては何かおかしいと思ってたよ。


 病院。意識のないあさみに向かって、橋本が優しい声で昔話をしていた。


 でも、あの後、あんなことがわかるとは思ってなかった。衝撃的だったよ。俺は初島を単なる嘘つき野郎だと思ってた。でも違ったんだ。あれは苦しみの表現だったんだな。

 俺も新道を笑えない。人の裏ばかり見ているつもりでいた。なのに、よく会ってる奴の本当の姿が見えてなかった。正直、見たくなかったと今でも思うよ。それが、あいつが俺に執着して、今こんなことになってる原因だからな。


 後ろで平岸ママがこの話を聞いていた。


 俺には初島を責める資格はない。

 だけど、創にはあるし、新橋達にもあるんだ。あいつらは巻き込まれただけだもんな。

 たまったもんじゃねえよな。30年以上前の揉め事に、今を生きている若者が人生を狂わされるなんてよ。


 







 母さん、いや、あの人に何があったの?


 久方は自分に戻ってからつぶやいた。橋本はその「何が原因で初島がそうなったのか」という部分を、頑なに話そうとしない。でも、ぼやかして話しているだけで、何かが起きていたことを常にほのめかしている。それが久方は気になって仕方ない。それが何かわかれば、何かが変わるのではないかと感じていたから。

 しかし返事はない。橋本は帰ってくると黙ってしまう。あさみが目を覚まさず、ゆっくりと死に向かっているのを見ているのは辛いのだろう。


 僕だって辛い。


 久方はつぶやきながらソファーをコロコロして猫の毛を取り、ポット君に掃除機をかけさせた。そして、早紀と『カフェの彼氏』のことを思い出して沈んでいた。高谷修平が送ってきた説明のことも気になっていた。


 初島は、あの別世界で、

 あなたを探して息の根を止めようとしていますよ。

 だから絶対あっちの世界に行かないでください。


 行かないでくださいと言われても。今まであそこに行った時は、いつの間にか()()()()()のであって、自分から向かっていったのではない。どう防げというのか。


 あの人は、今でも僕を消そうとしている。


 その事実が、全身に重くのしかかってきて、久方は昨日から気分が晴れない。そして橋本が『俺に初島を責める資格はない』と言っていたのも気になった。自分だってこれだけひどい目にあっているのに、なぜ?昔、何があったのだろう?今とは違う、古い、差別的な時代に。

 久方はソファーに座って目を閉じ、深呼吸した。気分を落ち着けようと思ったのだ。しかし、目を閉じてしばらくすると、夢で見たあの光景が──母親が自分を殴ったり蹴ったりした時の衝撃が──蘇ってきて、息がかえって苦しくなった。久方はよろけながらキッチンに向かい、コーヒーをいれた。湯を注ぐ手が震え、少しこぼしてしまった。そのままキッチンでコーヒーを飲んだ。

 2階からはピアノ狂いによる『夜のガスパール』がずっと続いている。早紀が来ないのをいいことに、今日はラヴェル三昧のようだ。邪悪なスカルボを一日中聴かされるのはたまらない。しかし、この曲の不気味さも、死の世界で自分を待っているあの人の気味悪さには勝てない。


 なぜあんな人になったんだろう?


 久方もそれが知りたいと思った。古い時代の2人もそれが知りたかったのだ。そしてたぶん、橋本は突き止めた。しかし、それは今でも話せないくらいひどいことなのだろうか?

 自分はそんなひどい人間の子供なのか。

『夜のガスパール』が終わり、『ソナチネ』になった、建物の空気が少しだけましになった。ましになっただけで良くはなっていないが。

 今日はシュネーの姿がなく、かま猫だけが暖房の前にいた。


 君の友達はどこに行ったの?


 久方が尋ねた。もちろんかま猫は答えない。


 僕の友達には彼氏ができちゃって、ここには来れないんだよ。


 久方はつぶやいた。それから、怖くなって立ち上がり、落ち着くためにいつものカウンター席に座った。


 あの人は橋本に異常に執着してた。

 僕も早紀に同じことをしてしまうのでは?


 そんな恐怖を感じたのだ。そうだ。きっと今早紀が離れていくのはいいことなのだ。向こうにも人生があるのだから。

 しかし、寂しい。

 早紀がいないこの部屋は。

 久方は何度もスマホを手に取り、早紀に連絡しようと、文字を入れたり消したり、スマホを置いたりまた開いたりを何時間も繰り返していた。そのうち結城が降りてきて、


 腹減った!飯食いに行こう!


 と叫んだので、久方は仕方なくついていったが、食欲はほとんどなかった。


 落ち込んでる時こそ飯は大事なんだぞ。


 と結城は言い、むやみに料理を頼んで久方に勧めたが、結局全て自分の胃におさめて、一人満足していた。




 

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