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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年1月

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2017.1.26 木曜日 どこかの森の中 高谷修平

 朝起きた瞬間に『やばい』と思った。

 体が動かないのだ。動きたくてたまらないのに、手足が全く言うことを聞いてくれない。

 学校に休むって連絡しないと。

 でも起き上がれない。

 先生、先生はどこに行った?

 修平は必死で考えていたが、そのうち気が遠くなり、また眠り込んでしまった。





 気がつくと修平は、モノクロの森の中を歩いていた。色のない景色の中に一本の道があり、自分が進んでいるのはわかったが、体の感覚がなかった。地に足はついておらず、かといって浮かんでいるのでもない。

 やべえ、これ、先生が言ってた死者の世界じゃねえか?

 修平はそう思いながらあたりを見回した。森なのに、生物の気配がしない。風もなく鳥もいない。

「先生〜!」

 修平は声を出してみた。空気もないのか、声もまるで響かない。

「誰かいる〜?」

 あたりを見回す。すると、微かに斜め後ろからガサガサという音が聞こえてきた。何かが近づいてきているようだ。

「先生?」

 修平は呼びかけた。しかし、現れたのは先生ではなかった。短い髪に、どこかで見た深緑のスーツ、色のない森の中でそれだけが色を放っている。そして、はりついたような不気味な笑顔──


 初島緑!


 修平は反射で反対方向へ逃げ出した。道を外れ、生い茂った草木の中をかき分けていった。

 なんであいつがここにいるんだ!?

 死んだのか?そもそも俺はどうしたんだ?まさか平岸アパートであのまま息を引き取ったのか?そんなのは嫌だ!まだやることがたくさん残っているのに──

『修平君!』

 上から聞き慣れた声がした。見上げると、新道先生が浮かんでいたが、その姿もなぜかモノクロで、大木の影に紛れて見分けがつきにくかった。

「先……生?」

 修平は目を凝らして影から先生を見分けようとした。

『君はここに来てはいけない!』

 先生はすぐ近くに来て、あたりを風に取り巻かせた。

『一刻も早く戻りましょう。話はその後です』

 その言葉と同時に、体が宙に浮いた。


 



「ちょっと!起きなさいよ!もう朝ごはんの時間だっつの!」

 平岸あかねがドアを蹴りながら怒鳴っている。修平はその声と音で目を覚ました。今度は自然に起き上がることができた。しかし体は石のように重い。

「今日、体調悪いから!」

 よかった。大きな声が出せる。

「学校休むって平岸ママに言っといて」

 廊下は静かになり、あかねが去っていく足音がした。

『修平君、大丈夫ですか?』

 新道先生は、壁にもたれて腕を組んで修平を見ていた。その姿はモノクロではなく、いつものカラーに戻っていた。

「なんとかね」

 修平は笑おうとしたが、うまく行かなかった。さっきとんでもなく気味の悪い女に会ってしまったので、その恐怖が抜けなかった。

「俺、逃げないでもっと話すべきだったかな」

『いいえ、あそこからは一刻も早く離れるのが正解です。君を狙っていた可能性もある』

「俺?」

『体を傷つけることはできないから、魂の方を攻撃するという、ある意味、初島にだけできる卑怯な手口ですよ』

「そんなことすんの?」

『そうです。ですから危なかったんですよ。逃げて正解です』

「やべえ、俺今になって怖くなってきた」

『こちら側にいれば問題はありませんよ。心配なのは、死んでもいないのに好き好んで落ちてきてしまう人のことです』

 修平は少し考えて、

「久方さん?」

 と言った。

「初島が本当に消したいのは何かと考えると、そうなります」

「やべえ、今サキが高条と付き合いだしたからさ、久方さん絶対ショック受けてるよね?」

『私もそれが心配であそこを見張る時間を長くしていたのですが、それが君の体調に響いてしまったようだ』

「そうなの?」

『そうだと思います』

「先生、もしかして、今までず〜っとあの世界を見張ってたの?俺のため?いつ休むの先生」

 新道先生は答えなかった。

「ねえ先生、このままじゃまずいよ俺達」

 修平は横になりながら言った。疲れていたのだ。

「俺の体調のことを気にしてたら、先生が自由に動けない」

『修平君、それは──』

「俺だって人の力に頼って生きながらえるのは嫌だ」

 沈黙が生まれた。修平は目を閉じていた。眠ったのではなく、考えるためだった。今どうするのが最善なのか、必死で考えていた。

「体調が良くなったら、久方に話をしよう」

 しばらくしてから修平がつぶやいた。

「知らせておいた方がいいし、久方さんもそろそろ一人で生き始めないとダメなんだよな〜。橋本や結城やサキに頼るんじゃなくてさ〜」

 そこで言葉は途切れた。本当に眠ってしまったらしい。新道先生は修平に近づいてそれを確認すると、床にあぐらをかいて、ぼんやりと宙を見た。

 ドアが開き、平岸ママが入ってきた。朝食を乗せたお盆を机に起き、修平に話しかけて眠っているのを確かめると、毛布をきちんと肩まで引いてかけてあげてから出ていった。

 やれやれ。

 新道先生は心の中でため息をついた。我々幽霊ときたら、眠っている者に毛布をかけてあげることすらできないのに、生きたものから離れることもできないんだからな──いや、それより、初島だ。久方創と接触するのだけは避けなければいけない。もちろん、新橋早紀や神崎さんとも会わせてはいけない。新橋さんは彼氏に夢中だろうから今は心配いらないと思うが、問題は久方さんだな。修平君の言うとおり、新橋さんのことでいじけてまたあの世界に引っ込んでしまうかもしれない。

 本当は今すぐあの森を見張りに行きたかったのだが、修平の体力が戻るまで、自分はそばから離れるわけにはいかない。

 新道先生は窓の外を見た。今日はきれいに晴れている。空の色だけは時代が移り変わっても変わらない。そういえば、あの時もこんな空の色だった。あの懐かしい古書店の雪かきを手伝っていた時──






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