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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年1月

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2017.1.25 水曜日 研究所


 バーカーじゃねーのォ〜!?


 結城は言った。


 なんで彼氏まで呼んでるんだよ?

 仲良くしてもらいたいの?バカなの?

 

 久方は黙って下を向くしかなかった。自分のアホさ加減には十分呆れていたからだ。



 午後3時。2人は揃ってやってきた。いつもとあまり変わらない様子の早紀と、やけにニコニコしているカフェの孫、高条勇気が。

 結城は気をきかせて(というか、呆れて)出かけていった。また町内で女の子を探してくるとか言って。そういうことが気軽にできる人がうらやま──いや、久方には全く理解できなかった。

 早紀と高条はソファーに並んで座り、久方は別な椅子に離れて『ユー・ガット・メール』を見た。高条は画面に出てくるパソコンを見て、


 画面古っ!何これ、ウィンドウズいつの?


 とか言い出した。それから、


 これ、今じゃ全然珍しくない話だよね。SNSでみんなやってる。これがいい話に見える時代だったってこと?これいつ?うわ、前の世紀の映画じゃん!


 などど続け、それから、


 この男の金持ち感ムカつくな〜。


 と、とにかく文句ばかり言っていた。早紀は、


 この場面、昨日見た古い方と同じですね。


 と言った。待ち合わせ場所のことだ。確かに主人公達の動きも、セリフの言い回しも同じだ。久方は、


 僕は古い方が好きなんだけどね。


 と言った。すると高条が、


 古い方も見ていいですか?


 と、新しい方がまだ終わっていないのに言い始めた。

 久方が、


 いいけど、終わってからにしたら?


 と言っている間に高条は、


 いや、もう結末読めるんで見る必要ないです。


 と容赦なくDVDを止め、早紀が持ってきた古い方と勝手に交換した。若者はせっかちだ。そしてこの2人、動きが合っている。まるで夫婦だ。いや、そんなことは考えたくない。久方は2人から目をそらした。

 古い方を見ている間に、平岸あかねがやってきて、『夕飯!』と叫び、早紀は帰ってしまった。高条は残って、古い方をじっと見ていた。


 どうしよう。気まずい。


 久方はそう思いながら、古い映画と『サキ君の彼氏』を交互に見ていた。そのうちこっちを振り返って、『俺の彼女に近づくな』とか言い出さないだろうかと思いながら。


 こっちの方が現実的ですね。


 古い映画はきちんと最後まで見て、高条は言った。


 男が普通の店の店員でしょ。店長になる流れが強引だけど、そんなに不自然じゃないし、女も店の店員ですよね。これならあるかなって思うんですけど。

 でもさっきのは男がボート持ってる金持ちで大企業の人だし、女は個人でやってる店のオーナーで、男がいる企業に対して反対運動みたいなこともやってる。絶対付き合わねえだろそれって思わないですか?たとえSNSでやりとりしてても、正体知ったら普通にケンカでしょ。


 女の人は普通怒るだろうとはサキ君も言ってた。


 それもあるけどやっぱ男が金持ちすぎてありえねー話になってますよ。


 それは僕も思ってた。古い方が自然だって。


 そうですよ。ふつうの店の店員同士なら、いがみあってても仲直りするかもしれないし全然おかしくない。

 でも金持ちはなぁ。


 高条は金持ちが嫌いらしい。


 女の子の好きな話にはよく金持ちの男が出てくるって言いますよね。あれ、90年代からそうだったんだな。


 いや、もっと昔からそうだと思うよ。

 たぶん女性向けの文学が出た頃か、もっと前から。


 意外と話が合ってしまった。世の中の女性の恋愛に見せかけた『金持ち感』を2人でひととおりディスった後、


 所長、サキの幽霊のことはよく知ってますよね?


 高条は真面目な顔で聞いてきた。


 うん。よく知ってる人だよ。


 久方も真面目に答えた。


 俺心配なんです。サキの存在を取られるんじゃないかと思って。でも専門家じゃないし、何をしていいかよくわからない。何もできないと言ってもいいくらいです。でも何もしないわけにはいかないんで、なるべく幽霊が出てこないようにしたいんです。何かいいアイディアはないですか?


 それはこっちが聞きたいと久方は思ったが、目の前の若者は真剣そうだ。何を答えていいか考えた末、


 本人を怯えさせないことだね。


 久方は言った。


 怯えたり恐怖を感じたりすると、本人の意識が引っ込んでしまって、幽霊に乗っ取られるんだよ。今までのパターンを見ると、そうだった。


 そうなんですか。


 そう。

 だからサキ君に嫌な思いをさせなければいいんだよ。

 わかる?


 なるほど、わかりました。


 高条のスマホが鳴った。『ばあちゃんが呼んでるので』と言って、高条は帰っていった。

 久方はDVDを片付けながらため息をついた。『サキ君の彼氏』は思ったより真面目だ。見た目も釣り合っているし(2人とも、なんて若いんだろう!)性格も思ったよりは良さそうだ(ただ、人が勧める映画にケチをつけるところはいただけないが)。


 サキ君は、ふさわしい人を見つけただけなんだ。


 自分に言い聞かせるようにつぶやいた。やっぱり自分は引いたほうがいい。気のいい年上の友達のポジションを守った方がいい──



 で、何なの?

 親戚のおじさんを気取ることにしたの?

 それで上手くいくと思ってんの?バカなの?

 メンタル弱すぎるくせに耐えられると思う?


 弁当を買って帰ってきた結城がまた悪口を言い始めた。久方は黙って包みを見つめていた。


 どうでもいいけど飯は食えよ。

 いつまでも落ち込んでんじゃねえって。

 食えば気分も変わるって。


 結城、どこ行ってたの?


 久方はなんとなく尋ねた。


 町の公民館。


 と答えられたので驚いた。


 猫どもの飼い主が見つかってないか確認しに行ったら、編み物教室のおばあちゃん達に囲まれて大変だったんだぞ。俺がおばあちゃん達を魅了する様をお前にも見せたかったな〜。そのうちあの人達、俺のセーター編んで持ってくるんじゃねえの?

 あ〜!そうだ、

 そのうちの一人の孫がめっちゃ美人で──


 モテ男の話は聞きたくないので、久方はお弁当の包みを持って2階の自室に逃げた。シュネーが後からついてきて、久方が倒れているベッドに乗ってきた。


 もう人間やめたいよ。


 久方は猫に向かってつぶやいた。


 仲間に入れてよ。


 シュネーは『え?なんのこと?』と言いたげに耳をピクッと動かし、ぬくもりを求めて久方の腹のあたりに丸まった。






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