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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年1月

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2017.1.22 日曜日 ある町の本屋 高谷修平

「え?じゃあ、新橋さんと高条がつきあうことになったの?」

「そうなんだよね〜」

「でもあの2人合わなくない?」

 伊藤は心配しているようだ。修平は、韓国ドラマが好きな伊藤のことだから、こういう恋バナは盛り上がるだろうと予想していた。そのあては外れた。

「合わない?けっこう仲良くしゃべってるよ前から」

「だって高条、本借りないしょや」

「そっちか〜」

「それに、前に新橋さん、勝手に動画撮る奴は嫌だみたいな話してたもん。そのうちケンカ始めるんじゃないかな」

 修平と伊藤は、別な町に行くバスに乗っていた。その町には町営の小さな本屋があって、日曜日に開いている。働いている人が休みの日に来やすいように。平日は一日おきの営業らしい。

「毎日じゃないんだ」

「予算の都合とかいろいろ理由があるみたい」

 伊藤はしゃべりながら、時々窓の外を気にしていた。外は草原や森が多く、途中のバス停にも人がいないどころか、建物すらなかったりする。こんな所で乗り降りする人がいるのだろうか?修平にはそれが不思議でたまらない。

 バスはある町の中心近くに着いた。中心といっても、高い建物はほとんどない。高くてせいぜい2階建てといったところだ。小さな店がいくつかあるその外側には、一軒家だけがどこまでも並んでいる。家の数だけ見ると、人口はけっこう多そうだ。

 2人は町並みを抜けて、少し離れた丘の上まで歩いていった。雪がなだらかな斜面を覆っている。

 ちょっとこの坂、きついな。

 修平は昨日の疲れが残っていて、歩くのが辛かった。しかし、せっかく伊藤が誘ってくれたのだ。弱みは見せたくない。

 そこには、プレハブ小屋のような、小さな四角い建物があった。『町の本屋さん』という木製のプレートがかかっていて、ドアはメルヘンチックなデザインだった。子供向けの本が多そうだなと修平は思った。

 中に入るとやはり、正面に子供用のスペースがあり、水玉のクッションやおもちゃが置いてあった。入り口のすぐ横に、今流行りの本が表紙が見えるように並べられていた。ここだけ見ると普通の本屋の棚に見える。予想外に若い女性の店員がいて、『いらっしゃいませ』と言って2人に微笑みかけた。杖を持った、上品な身なりのおじいさんが、時代小説の棚を熱心に物色していた。こちらには気づいていないようだ。

「中、一通り見ていいですか?」

 伊藤が尋ねた。

「いいですよ」

 店員は少し身をずらし、奥の方を手で示した。スペースが限られている場所にしては、本棚も本もたくさんあった。いろいろなジャンルの本を少しずつ置いているようだ。

 修平は店内を興味深く見回す──ふりをして、伊藤を見ていた。伊藤は全ての本棚を端から端までくまなく見て回っていた。そして、たまに取り出したものを手に持ったまま移動した。気に入ったものがあれば一冊たりとも逃さない体勢だ。今日のために貯金でもしていたのだろうか。伊藤は4冊ほど手に取ってから修平を見て、

「高谷もなんか買おうよ」

 と言った。修平はなんとなく心理や医学の棚を見て回り、『悩まない』というタイトルを見つけて本棚から引き出した。他にいいものが見つからなかったらこれを買おうと思った。

「どちらから来られたんですか?」

 若い店員が伊藤に尋ねた。

「秋倉高校の図書委員なんです」

 と伊藤は答えた。あれ?と修平は思った。伊藤はとなり村の住人なのだが。学校の話をした方がわかりやすいと思ったのだろうか。

「あぁ〜!秋倉!」

 店員が何か思うところのある笑い方をした。

「あそこ、変わった人が多いですよね」

「そうなんですよ〜!」

 伊藤は嬉しそうに叫び、秋倉で見かけた変な人の話を始めた。金魚を散歩に連れて行くおじさん。自転車に派手な飾りつけをして道を爆走して、お巡りさんに職務質問されたおばあさん。いつも妄想している友達(平岸あかねのことだ)。占い師を目指している友達もちろんスマコンだ

 楽しそうにしゃべっている2人を見て、修平は「そうか、その話題があったのか」と今頃気づいたがもう遅い。そういえば自分は、平岸家と学校の人以外で、町の人をあまり見たことがない。町の中心地にはカフェ以外に行くところがないからかもしれない。もっと町の人と交流した方がいいだろうか。

『無理は禁物ですよ修平君』

 新道先生の声がした。

『君は今、疲れているのではないかな』

「今それ言わないでよ。そうだ先生、なんか気になるものある?ここに」

『子供の本棚に『ふたりのイーダ』がありますね』

「え?ああ、奥さんが好きだったやつ?」

『そうです』

 修平はその棚に行き、『ふたりのイーダ』を手にとってめくった。

「あれ〜?男の子がそれに興味持つの珍しいですね」

 店員が急に近づいてきた。

「あの、えっと、知り合いのおじさんがこの本の話してて」

 修平は照れながら答えた。

「あ、そうなんですか。昔からありますもんね、その話。戦争の話だから」

「それ小学校の図書室にもありましたよ」

 伊藤が言った。本人は『とにかくさけんでにげるんだ』という、少々物騒な題名の絵本を持っていた。

「伊藤が持ってんの何?」

「これねえ、子供が変な人に声かけられたり、変なおじさんに体を触られたらどうしたらいいか教えるための本なの。子供のための犯罪対策」

「そんな本あんの?」

「これが出たのはだいぶ前。私が小さい頃にはもう教会に置いてあった。えっと──1999年か。私後で知ったんだけど、この年代の頃に、児童虐待とか、子供の性被害がやっと世間で話題になるようになってきたんだって。それまではみんな意識してなかったのかな」

「90年代か」

 奈々子さんが生きていて、先生が学校で働いていた頃だ。修平は考えた。そうか、あの頃はやはり今ほど虐待について対策をしていなかったんだな。

「私これ買ってこうかな」

 伊藤が言った。

「残念だけど、このあとネットが出てきたせいで、子供が性犯罪に巻き込まれることがもっと増えて、今ではこれと同じような絵本とか、子供向けの性教育の教材がたくさん出てる。悲しいけど、子供にそういうことも教えないと、身を守れない時代なんだよね」

 やはり伊藤は真面目だ。

 修平はヨギナミが言っていたことを思い出した。

『好きなことより、正しいことを選ぶタイプだと思うな』

 確かそう言っていた。本もそういう風に選んできたのだろうか。

 じゃあ、伊藤が本当に好きなものってなんだ?

 やはり神か?

「今だけじゃないよ。昔からそうだったんだ」

 修平は言った。新道先生に聞いた話を思い出しながら。

「少なくとも70年代にはそうだったんだ」

「それ、幽霊の話?」

「うん」

「幽霊?」

 店員が尋ねた。

「高谷、霊感強いんです」

 と伊藤が言った。それを聞いた店員はなぜか興奮し、何が見えるのか、今までどんな幽霊を見たのかと熱心に尋ねてきた。修平は困り、『病気の時に幽霊が出てきて、そのあと症状が治まった』という話しかできなかった。

「そんなことあるんですね!すご〜い!」

 店員は高い声で感心していた。修平は複雑な気持ちだった。その時、本当は死んでいたかもしれないのだ。先生の力がなければ。

「私、自分の村に本屋も図書館もないのが昔から不満で、いつか自分で作ろうと思ってたんです。ここみたいなの、うちの村でもできないかなあ」

 伊藤が言った。

「できると思いますよ!本が好きな人はどこにでもいますから。ただ、あまり儲からないですけど」

「運営ってけっこう大変ですか?」

「そうですねえ。ここは町の援助でやってるんですけど──」

 伊藤と店員が「本がある場所を維持することの大切さと困難」を語り合っている間、修平は経済の棚を見た。読んだことのある本が何冊かあった。

 そうだ、本って誰かが作って運んでくれないと、手に入らないんだよな。当たり前だけど。

 本がなかなか手に入らない所もあるんだよな。

 そう思いながら先程の『悩まない』の所に戻り、手に取った。それから伊藤を見た。楽しそうに笑って本の話をしている。頬が百合色、いや、バラ色だ。名前は百合だけど、今の伊藤はバラっぽい。自分に夢を語ってくれないのは気に入らないが、少なくとも何を目指しているのかはわかった。その、本に向けている関心を、少しこちらに向けてくれると嬉しいのだが。

 伊藤は本を一冊減らして、例の絵本を足して会計し、修平は『悩まない』と『ふたりのイーダ』を買って帰った。その頃には修平は疲れていて、帰りのバスで伊藤が話すことをあまり聞いていなかった。

「疲れてるでしょ」

「わかる?」

「わかる。反応しなくなったもん」

「ごめん」

「いいよ別に。昨日札幌行ってたんだもんね」

「うん」

「高条の告白の手伝いもしたよね?」

「ま〜ね」

 2人で笑い合った。

「楽しそうだな、そういうの」

 羨ましがっているような声だった。

「伊藤、好きな人いるの?」

 修平が尋ねた。

「それは個人情報です。教えられません」

「えぇ〜」

 バスが駅前に着いた。道の向こうに平岸パパの車が見えた。確か、カフェで待っていると言っていたはずだ。伊藤はそのままバス停に残り、村へのバスを待っていた。ずっとその姿を眺めていたいくらいだったが、平岸パパがカフェから声をかけてきたので、諦めて店内に入った。

「明日から学校だぞ」

 入るなり、カウンターの高条に声をかけられた。

「彼女がいる学校生活1日目!!」

 店内に響きまくる大声だった。

「落ち着け」

 修平は高条の肩をたたいてから隣に座った。もう疲れたから早く帰りたかったが、目の前の友達には話すことがたくさんありそうだし、平岸パパもクッキーをつまみながら別な客と仲良く話し始めた。しばらく帰れそうにない。

 修平は心でため息をつきながら、コーヒーチケットを取り出して松井マスターに渡した。







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