2017.1.19 木曜日 高谷修平
『あの頃の私は、少々のんきすぎました』
廊下を歩く修平の横で、新道先生が話していた。
『どうしてそんなことをするんだ、なんの意味もないじゃないかと、そればかり考えて、その背後に別な事情があるとは、夢にも思っていなかったのです』
「にしても嫌な噂だよな。今でも嫌なのにさ。しかも当時はもっとそういうことに厳しい時代だろ?」
『昔はよく言われていたんですよ。男の教師と女の生徒が2人きりで話すときは、必ず部屋のドアを開けておくように、とね。中でいかがわしいことが行われては困りますから。その後、時代遅れと言われてそういう注意はしなくなったようですが。私はむしろ、現代にこそそういった配慮は必要なのではないかと思います。嘆かわしいことに、教師が起こすわいせつ事件は増えているようですからね』
そんな話をしているうちに、修平は図書室に到着し、先生はいったん姿を消した。
「あ、高谷、おはよう」
伊藤が本から顔を上げて軽くあいさつした。
「おはよ〜」
「本屋のことなんだけどね」
伊藤は何の前置きもなく切り出した。
「本屋?」
「行きたいって言ってませんでしたか?」
「えっ?行くの?マジで!?」
「行きたくないなら中止しますけど」
「いや!行く!行きます!やった!」
修平はカウンターに飛びつき、伊藤に微笑んだ。
「実は、行きたい本屋があるんだけど」
「いいよ〜。どこ?」
「ある小さな町の、町営の本屋」
「町営?」
「町に本屋がなくなってしまうことを案じて、町が運営してる小さな店。営業時間が限られてるんだけど、幸い日曜に開いてて」
「日曜?」
まずい、と修平は思った。土曜日に第3グループで札幌に行く約束をしているのだ。2日連続で出かけるのはきついかもしれない。体力的に。
「都合悪い?」
「いや、俺、土曜日に出かける予定があって。でも日曜は大丈夫」
「ほんと?」
伊藤も少し心配のようだ。
「来週から学校始まるし、休んだほうがいいんじゃない?やめとく?」
「いや!行く!行くよ!」
修平は慌てて答えた。バスに乗るため、8時半に待ち合わせることになった。
『大丈夫なんですか?』
本棚の整理をしているとき、新道先生が声だけで話しかけてきた。
「何が?」
『週末のことですよ。2日連続で予定が入っている』
「大丈夫だって。それくらい今から慣れておかないとさ」
『体調はいいんですか?』
「いい方だと思うよ」
少し疲れていたが、修平はそう答えた。
「それより先生、そろそろ、初島のこと、久方さんに話した方がいいんじゃないかな」
『何をですか?』
「さっきの話」
『私は、橋本が話し出すのを待った方がいいと思います』
「え〜?いつまで経っても話さないんじゃね?現にもう何十年も一緒にいるのに、仲良くなったのつい最近じゃん」
『ですが、極めて重い話ですし、今話して久方さんがパニックになってしまうと、新橋さんに伝わってしまいますよ』
「あ、そっか。サキにはちょっと聞かせにくいよね」
修平は顔をしかめた。
「じゃあ少し様子見るか。いや〜でもまだるっこしいな〜」
「何をブツブツ言っているのかしら?」
いきなり目の前にスマコンが現れたので、修平はのけぞった。
「フフッ、甘いわね。伊藤に手を出しながらわたくしの存在を忘れるなんて」
「何かご用ですか?」
修平はわざと冷たく尋ねた。
「なんでもなくってよ。わたくしは伊藤に会いに来ただけですから」
スマコンは気高く微笑みながらカウンターへ行き、伊藤に話しかけた。その後、女子2人は外国のマインドフルネスの本について話し始めた。修平はこっそり聞いて、会話に出てきた本の題名をスマホのメモアプリに記録しておいた。伊藤が興味を持っているのはやはり信仰、特に神とか、大きな何かへの関心が高いらしい。
ある意味、ブランド物欲しがる女より厄介だよな。
神を欲しがるんだから。
修平はそう思いながら、図書室の『宗教』の棚の前で残り時間を過ごした。




