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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年1月

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2017.1.18 水曜日 サキの日記

『前向きになろう』が所長の今日のテーマらしい。はっきり言って少しおかしくなっているように見えた。アファメーションの本を取り出してきたり、昔読んだ自己啓発の本の話を始めたり。かと思ったら、『でも本当の親があんなんじゃあ』と急に落ち込んだかと思ったら『いや、前向きにならないと!』と叫んで、カントリー・ガゼットのアルバムとか聴き始めたり(曲はいいんだけど、所長の様子がおかしすぎて冷静に聞けなかった)。

 まとまりのない所長の話を強引にまとめると、


①人生を変えたい

②新しい音楽を聴いた方がいいと思った。

(けど、最近流行ってる曲は好きになれないらしい)

③ダークな親の影から逃れたい。


 問題は③だ。ああ、恐ろしい初島緑。思い出さない方が幸せだったんじゃないかと思うくらい、知れば知るほど怖い話が出てくる。

 私は所長からアファメーションの本を没収し、『ホープランド』を聴かせてから、一緒に松井カフェに行った。こういう時は出かけた方がいいのだ。所長だって歩けば落ち着くだろうし。実際、カフェでねこににらまれながらコーヒーを飲む頃には、所長はよくわかんないことをつぶやくのをやめていた。

 カウンターに高条がいて、たまに話に割って入ってくるのが邪魔だったけど、その後はいつもどおり話ができた。世の中にはびこっているポジティブ思考とか、逆に、SNSで不意に見てショックを受けるネガティブな誹謗中傷とか、その中間くらいでなんとかならないのかなという話。高条は『人間、強い感情が好きだから。どっちかに偏ってないとインパクトないんじゃない?動画なんかみんなそうだよね』と言っていた。言いながら私達を撮るのやめてほしい。私と所長の動画にはどっちもないぞ絶対。

 親が初島だってことはあまり気にしない方がいいんじゃないかと私は言った。言うほど簡単じゃないのはわかってる。私の親だってバカと妙子だし。でも、初島と所長には似てるところは全然ない。私はそう言ったんだけど、所長は何か考え込んでしまっているようだった。


 ところでさ、土曜日に札幌行く話だけど。


 高条がいきなりグループネタをふってきた。あかねとカッパと高条で勝手に第3グループの行事を計画していたらしい。正直言って気が進まない。でも、所長にばかりかまっててもよくないかなと思って行くことにした。

 そういえば結城さんはどこに行ったんだろうと聞いたら『知らない』と言われた。研究所に戻っても誰もいなかった。所長がカウンターでぼんやりしていたので、私はまたノートを開いて文章の練習を始めた。でも書くことが思いつかなくて、なんとなく2階に行ってみたりした。

 結城さんの部屋はあいかわらずピアノと本棚。プラスチックの引き出しが2つ増えていた。前にここを探った時、下着がダンボールに入っていたっけ。身の回りのことに無頓着なんだな。あんなにかっこいいのに。他には特に増えたものはない。

 所長の部屋に行ってフェザーザップのポスターを眺める。真ん中に若い頃の修二が写ってる。まさか、この人とこんな形で関わり合いになる日が来るとは思っていなかった。


 懐かしい。


 気がつくと、隣に奈々子がいた。奈々子は自分が生きていた頃の修二達を懐かしがってから、初島が怖いと私に言った。さっきの所長との会話で思い出してしまったのだろう。またいつ目の前に出てくるかわからないし。

 人は突然、自分では防ぎようのないものに襲われて、途方に暮れることがある。自然災害だったり、通り魔に刺されたり、交通事故にあったり、たまたま行った学校に畠山とノノバンがいたりする。人生は一変してしまい、その時の恐怖や不安がつきまとうようになる。それを振り払う方法は──私にもわからない。ただ、毎日それに向き合っていくしかない。一度起きたことは消えてくれないから。

 奈々子のせいで暗い気分になったので、1階に戻って、むかしの映画のDVDをあさったら、マリリン・モンローの『ショウより素敵な商売はない』があったのでそれを見た。これのマリリンはひたすらかわいいのだけど、足を開くダンスとか本人は嫌がっていたらしい。下品だから。本人はそういう判断ができる人だったのに、まわりの男がバカみたいに彼女にセクシーなことをさせたがったから、それが伝わらなかったのだ。


 ところで所長、なんでマリリンのDVDけっこう持ってるんですか?こういう女の人が好みだったりします?本当はどんな人だったか知ってます?


 知ってる。サキ君にさんざん聞かされたから。だからどんなものか見てみようと思って取り寄せたんだよ。


 私の影響だったらしい。私は、自分が人に影響を与えることがあるということを知ってびっくりした。ハッピーエンドを見てからアパートに帰った。



 夕食の時、めずらしくあかねがまじめな話をした。


 昔ここに来てた兄ちゃんとか姉ちゃんの中にも、いたのよ。家族を震災や水害で亡くした人とか、父親や兄弟にレイプされた子とか、親が暴力振るうなんてのはもう基本みたい。よくいたわよね、そういう人達どうしでテレビの間で愚痴会をやったりしてた。

 あたし、ああいう話をいろいろ聞けたことが、今の作品作りに役立っていると思うの。

 そうそう、さっき思いついたんだけど、雪女の男バージョンが少年をさらって──


 ストップ!


 平岸ママが手を上げて叫んだので、あかねは不満そうながらも一度黙った。それからこう続けた。


 とにかくね、そういうことってあちこちで起きてるじゃない?でもみんなちゃんとまっとうに生きて卒業してったし、その後もちゃんと働いて暮らしてるわよ。

 そうでしょ?ママ。


 ええ、そうですよ。


 平岸ママは自信ありげにうなずいた。

 帰り、修平に『サキ、昔なんかあったの?』と聞かれた。カッパには話したくないので無視して部屋に戻った。ヨギナミに橋本のことを聞き忘れたのでメールしてみたら、


 病院には来てるけど、お母さん意識ないから、

 おっさんが一人で話しかけてるだけ。

 見てると悲しくなる。


 と。所長が変になってるの、それと関係あるのかな。

 私は自分のことを考えてみた。バカと妙子から与えられた影響のことを。私にとっては、親が2人とも家にいないのは当たり前のことだった。小さい頃、家にお手伝いの女の人が来てたのは覚えてる。でも、そんなに仲良くした記憶はない。友達もいなかったから一人で遊んでいた(というか、ずっと本読んだりゲームしたりしてた)。奈々子が4歳まで一緒に遊んでいたと言っていたけど、まるで覚えていない。小中学校になるとカントクがいろんな所に連れてってくれるようになり、劇団の人と遊ぶようになった。学校?学校にはあまりいい思い出がない。みんなライバルで、友達もなんとなく利害関係の一致しただけのグループで、卒業と同時に音信不通。

 今の私を苦しめているのはやっぱり高校1年の出来事だ。思い出したくない。でも影響されてる。同年代の男子が信用できない。

 奈々子が言ってたっけな。私が男子に冷たいのは畠山のせいではないかと。

 あいつに見せられたものがあまりにも醜いから、私はいつまでもそのイメージに悩まされる。世界はすばらしい所だと思いたいのに、そいつらが邪魔をする。なんであんなのが存在するんだろう?みんななくなってしまえばいいのに。

 気分がどんどん沈んでいくので、切り替えるためにBBCを聴いた。私は今、進路という名の未来を見なきゃいけないのだ。勉強しないと。そういえば、もう1ヶ月くらい数学の教科書見てない。やばい、どこに置いたっけ?





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