2017.1.17 1980年
「だから、それは初島が勝手に言ってるだけなんです!」
学校の職員室で、新道隆が担任の先生に向かって説明していた。新学期が始まったとたんクラス中に『新道と初島がエッチなことをしている』という噂が広まってしまったため、呼び出されたのだった。新道は、菜穂や菅谷に何度もした説明を、ここでもまた繰り返す羽目になった。
「確かに初島は夜中に家に来ましたけど、ちょっと話しただけですぐにいなくなりました」
「だろうな」
先生はあごに手を当てて暗い目をしていた。
「そんなことだろうと思ってたよ。お前がそんなことするわけないからな、うん」
先生が言った。なんでみんな同じことを言うのだろうと新道は不思議に思った。
「どうも初島には虚言癖があるようだな。前も同じようなことがあったんだ。自分は橋本と『深い付き合い』をしていると言い張ってね」
「橋本?」
「あいつが学校を休むようになったのもそのせいじゃないかと思うんだが、何か聞いてないか?お前、橋本と仲いいんだろ?」
「そんな話は初めて聞きました」
新道は力なく言った。もしかして、窓から飛び降りようとしたのもそれが原因なのか?
「どうして初島はそんな嘘をつくんでしょうか」
「さあ、女の子だからじゃないか?女というのは嘘をつくものだ」
「それは違うと思うんですけど」
「まあいい。とにかく、先生はお前を信じる」
新道は暗い気持ちで職員室を出て、教室に戻った。
「おい、どうだった?」
クラスの人たちが集まってきた。菅谷と菜穂もその中にいた。
「先生は俺を信じるって」
「おぉ!よかったな!」
「そうだよな。お前がそんなことするわけないもんな」
味方になってくれる人がいる一方で、初島の言うことを信じて、新道に冷たい目を向ける者もいた。そのほとんどは女子だった。なぜか彼女らは、初島の言うことを信じているらしかった。
「初島はどこ行った?」
「なんか具合悪いって保健室」
菜穂が言った。
「本当に何もなかったの?」
クラスの女子がきつい口調で聞いてきた。
「何もないよ。本当に。すぐ帰ったんだから」
「怪しいわ」
別な女子が言った。
「そもそもあんた、橋本と仲いいじゃない。2人で初島に何かしたんじゃないの?」
「えっ!?」
新道は本気で驚いた。なぜそんな話になっているのか、さっぱりわからなかった。
「俺、お前のことは信じるけど」
別な男子が言った。
「橋本と初島は、絶対何かあると思う」
「なんで?」
「だってあいつ変だろ?」
「どこが?」
「いや、だって、髪赤いし」
「それは生まれつきだから仕方ないんだよ。あいつはそんな変な奴じゃないって。ちょっとまてよ」
新道はクラス中を見回した。みんな、どこか気まずそうな目をしていた。
「信じられない」
新道は呆然とつぶやいた。
「みんな、俺のことは信じるのに、橋本のことは疑ってるんだな?」
「疑ってるわけじゃないけど」
誰かがやはり気まずそうにつぶやいた。
「あのなあ、俺なんかより橋本の方がよっぽど真面目なんだぞ?初島が何を言ってきたってあいつはそんなこと絶対しない。俺初島に聞いてくる。なんでそんなひどい嘘をつくのか──」
新道は保健室に行こうとした。しかし、
「シンちゃん!だめ!」
菜穂が腕をつかんで止めた。
「みどりちゃん、今日は本当に具合悪いの!今はやめて!」
その様子が必死だったので、新道はしばし動きを止めたあと、
「わかった、後にする」
と言って、教室に戻っていった。2人を遠くから眺めていた菅谷は、何かがおかしいと感じていた。
何かまずいことが起きている。
でもそれは何だろう?




