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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年1月

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2017.1.14 土曜日 図書室 高谷修平

「先生は、初島という人に会ったの?」

「いや、もうその家には誰もいなかった。逃げたんだよ」

 昼、修平と伊藤は、図書室のカウンターで話をしていた。

「その後、先生は病気になった。急に」

 修平はスマホで自分で調べたデータを見ていた。

「自分が受け持っていたクラスの卒業を見ずに、亡くなった。これ俺は偶然だとは思えないんだ。初島がなんかやったんじゃないかと思うんだけど」

「何か?」

「それはよくわからないけど、不気味な力を持ってる女だから」

「危なくない?」

 伊藤は心配しているようだ。

「その人、また久方さんの前に現れるかもしれないんでしょ?」

「いつか来ると思う」

 問題はそれがいつなのかわからないことだ。修学旅行の時もそうだった。いつ来るかわからない。いつもそう思いながら暮らすのはけっこうきつい。だから普段はなるべく考えないようにしている。

「でも変じゃない?本当に久方さんを自分のものにしたいなら、すぐにでも誘拐するとかしそうなものだけど」

「そこは俺もよくわからないんだよね」

 修平は椅子にふんぞり返った。

「本人が言ってたのは『いずれ完全に幽霊に乗っ取られて体の持ち主が消える』だから、もしかしたらずっと待ってんのかもしれない。久方さんが消えるのを」

「こんな、何十年も?」

「1980年からだから、もう37年目になるよね」

「狂ってるのね」

「狂ってるよ。狂ってる相手だから予想しずらい。──ま、その話ばっかしてると気分沈むからやめとこうよ、ねえ」

「何」

「今度2人で本屋行かない?」

 修平は前に身を乗り出してにっこりと笑った。

「本屋?」

「札幌にあるんでしょ?でかいのが」

「あるけど」

「明日じゃ急かな。来週とか」

「考えとく」

 伊藤は立ち上がり、本棚の向こうへ行ってしまった。

「急ぎすぎだぞ〜」

 後ろから二木先輩が小声を出してきた。

「伊藤はカタいからあまり押すな」

「わかりました」

「俺はお前に千円賭けてるからな」

「えっ?」

「あたしはダメな方に賭けてる」

 向かいにいた女子の先輩が参考書を見ながら言った。他の先輩達もうなずいた。

「何やってんすかみんなして!」

 修平は文句を言ったが、伊藤が戻ってきたので前に向き直った。

「さっきの話なんだけど」

 席に座りながら伊藤が言った。

「おっ、行く気になった?」

「いや、そっちじゃなくて、初島って人の話」

「え〜」

「え〜とは何ですか」

「いや、別に」

「本当は、狂ってないのかもしれないと思わない?」

「え?どこが?どのへんが?」

「久方さんを神戸に置いていったこと」

「どういう意味?」

「自分がとんでもないことをしたって気づいたから手放したのかもしれないじゃない?もっとましな人に子供を育ててもらうために」

 伊藤は真面目に言った。

「いや、それなら何で、たまに出てきておどかしたりすんの?」

「元気にやってるか見に来ただけなのかも」

「いや、それはないと思うよ。だって、橋本にしか興味なさそうだったし、久方さんについては『存在するのも許せない』みたいなこと言ってたし」

「そっか」

「あのさあ、初島に関しては、普通の親子の情とかは一切期待しないほうがいいと思う。今更親子だから仲良くしようって言っても絶対無理だって」

「そう」

 伊藤は少し落ち込んでいるように見えた。なぜかはわからないが。

「そんな話より本屋の話しようよ」

 修平が言うと後ろから『だから押すなって』というつぶやきが聞こえた。伊藤は、バスで行ける別な町に小さな本屋があって、そこはその町が運営しているのだと説明した。

「そうでもしないと採算取れないから。誰も店出さないの。あ〜あ!」

 伊藤は頬杖をついてつまらなさそうな顔をした。

「秋倉町もそういうことやればいいのに。うちの村もやらないし。いっそ私が図書館作っちゃおうかなと思うくらいなんだけど、場所代とか予算を考えるときついなって」

「一人でやろうとするからきついんだって。クラウドファンディングとか使えば?」

「でもまずは東京の大学に行って図書館司書の資格取らないと」

「え?東京なの?札幌じゃなくて?」

「北海道から出たいの。家からも出たいし」

「そんなに家が嫌なの?」

 修平は言ってしまってからやばいと思ったが遅かった。

「おしゃべりはそろそろやめて本の整理をしてください」

 伊藤は冷ややかに言い、後ろの本棚からティク・ナット・ハンの『ビーイング・ピース』を取り出して読み始めた。修平は大人しく本棚に向かった。『あたしの勝ちね』と先輩達がささやいているのが聞こえた。

「人が住んでる所に本屋がないって変だよね」

 修平がつぶやいた。

『誰もが本を必要としているわけではないんですよ』

 新道先生が言った。

『今は他にもおもしろいものがたくさんあるようですしね』

「先生、さっき伊藤が言ってたこと、どう思う?」

『初島本人に会ったことがあれば、ああいう考えは出てこないでしょうね』

「そうだよな。あの怖さをじかに味わったらなあ」

 修平は少々あたりを見回してから、本棚の点検に向かった。ふと、伊藤は弟にクリスマスカードを渡したのだろうかと思ったが、何も言ってこないので自分から聞かないほうがいいなと思った。それから、伊藤が東京に行こうとしているのはなぜなんだろうと考えた。自分のためだったらいいのにと思ったが、たぶん違うだろう。田舎から東京に行きたがる人は、全国どこにでも、いくらでもいるからだ。

 文学のコーナーに政治家の本が突っ込んであったので取り出すと、

『俺はお前に一万賭ける』

 という付箋が貼ってあった。

「付箋貼るなって言ってんのに、人の話聞いてねえな」

 修平はつぶやきつつも笑い、付箋を折りたたんでポケットに入れると、本を伊藤に見せるためにカウンターに戻っていった。







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