2017.1.11 水曜日 サキの日記
関西のナンパ師は帰った!コタローを連れて。でもまた夏に来るそうだ。
昨日の夜、夕食をレストランで食べた。離れた窓際の席に結城さんと町役場の総合案内にいたあの和久井さんが座って、楽しそうに話しながらパスタを食べていた。私はそっちが気になって気になって気になって仕方なくて、食事ちゃんとしたか覚えてない。覚えてるのは、修平に『目が怖い』と言われたことと、ヨギナミの所にオーナーが来て平岸パパとついでにしゃべっていったこと、結城さんと和久井さんが、結城さんの車でどっか行ったこと。
昨日はそのことで頭がいっぱいで眠れず、夜中の2時にコーヒーを飲んでしまった。久しぶりだ。ほぼ完徹したの。ひたすら部屋をうろうろしてたら一回新道が『大丈夫ですか?』と言いながら壁から生えてきたので追い払った。私に取りついているはずの奈々子が出てきやがらないのはなぜだろう?やっぱり結城さんが他の女の人と一緒にいるのがショックだったんだろうか。それとも、私に八つ当たりされるのがわかってるから出てこないのか?
朝食食べたら急に眠くなってきて、テレビの間のこたつでうたた寝した。新道に説教される夢を見た。さっき会ったせいかと思ったら自分が奈々子だったので、例の昔の夢だとわかった。その話をするために、平岸ママが作ったグラタン(焼き時間の説明書付き)を持って研究所に行った。
着いた時にはもう駒さんはいなくて、所長はいつものカウンター席にいて、結城さんはまたテレビでアイドルを見ていた。所長がグラタンをオーブンに入れに行ってる間に、昨日どうしたか結城さんに聞いてみたら、
どうもしねえって。俺は久方の宣伝してただけだって。
今度2人で会ってもらうことにしたわ。
と。今度は所長か。本人は行きたくないんじゃないですかと言ったら、
大丈夫、駒さんに押されたらあいつは断れない。
と真顔で言われた。ちょっと怖かった。所長に聞いたら『とりあえず会ってはみるけど……』と、やっぱり気は進まないみたいだった。
ほとんど無言でグラタンを食べてから、結城さんは2階へ行き、またピアノを弾き始めた。暗い曲だったので所長に曲名を聞くと、武満徹の『雨の樹』じゃないかと言っていた。
人が女の人に会おうとしてる時に、
なぜこんな曲弾くかなあ。
と所長は言った。あれ?実は楽しみにしてませんか?
ピアノは精神崩壊みたいな音を立てたり、弱くなったりした。私は文章の練習をすると言ってテーブルにいすわっていたんだけど、この神経質な音のせいか、所長が女の人に会うのが気になるせいか、ほとんど何も書けなくて、結局猫と遊んで帰ってきてしまった。
部屋で本を読んでいたら、
駒からコタローの写真が来たよ。
と所長が画像を見せてくれた。新しい赤い首輪をつけて、ニコニコ笑っていた。
いっつも笑ってますよね。なんでですかね。
元々こういう顔なんだと思うよ。
私も犬か猫を飼おうかなと考えてネットで調べてたら、あかねがドアの前で『夕飯!!』と怒鳴った。今日は平岸パパが焼いたステーキだった。ステーキはなぜかパパが焼くと決まっているらしい。
図書室にスマコンが来ててさ〜、いらね〜占いしてったんだよね。ワンドのエースがどうとか言ってた。え?久方さんのことを占ったらしいよ。なんであいついっつも久方さんのこと占ってるんだろうね。実は好きだったりしない?
久方さんのまわりに女が集まってるわね。
ウフフフフ。
あかねがまた妄想を発しそうだったので、平岸ママがすかさずヨギナミの母親とおしゃべりした話を大声で語りだした。昔は私達も男の子をからかって遊んでいたのよ、みたいな話だった。もうみんな別な人と結婚してるけどね。そういうもんなのよね。
平岸パパが言うには、私達の人生は『まだ始まってもいない』のだそうで、
これから何をするかが大切だよ。20代で決まるからね。
なんというか、その後の人生の傾向みたいなものが。
と。
私は部屋に戻ってからまた文章を書こうとした。でも、このノート以外にはろくなこと書いてない。小説やシナリオを書こうかと思ったけど何を書けばいいかわからないので、所長と和久井さんの話を聞いて参考にしようかなんて考えたりする。ほんとは経験豊富そうな結城さんをネタにして何か書きたいんだけど、奈々子を刺激してしまいそうだし、性欲も刺激されそうで怖い。結城さんてなんで見た目はあんなに魅力的なんだろう?性格はバカみたいなのに。今日もアイドル見てたし。
昼間見た夢のことを思い出した。
あれは全部、本当に起きたこと。
奈々子が言った。でも、それだけ。本当に話したくないんだな。
新道はそのあと、初島を見つけられたんだろうか。なぜ2人とも死んだんだろう?そのあと所長はなぜ神戸にたどり着いたのか。
わからないことがまだ多い。
あと心配なのは、所長が本当に和久井さんと仲良くなって、研究所に来るようになったらどうしようかということ。
私が行きづらくなるじゃん。




