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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年1月

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2017.1.6 金曜日 図書室 高谷修平

 年末年始は楽しかった。しかし、疲れた。予想以上に体力を消耗していた。修平はまだ体がだるかったが、学校へ向かっていた。あまり家にばかりいるとまた体力が落ちて外に出られなくなりそうだと思った。それに、今日から伊藤がまた図書室を開ける。受験直前に追い込みをかける先輩達のためでもありやし、自分のためでもあるらしい。

 

 クリスマスに一緒にミサに参加した時、伊藤はこう言っていた。

「子供の頃、よくここに逃げてきてたの」

 逃げてきてた。その言い方が引っかかった。

「教会の人は優しくて、いつでもいらっしゃいと言ってくれて、そこに本棚あるでしょ。あそこの本は全部読んだと思う」

 そこには、キリスト教信者向けの読み物や、やさしい、または文字の大きい文学作品が置かれていた。

「だから遠藤周作とか読んでたのか」

 伊藤の読書歴が少しわかった。教会の人達は伊藤のことを覚えていて、みんな久しぶり、大きくなったわねなどと言っていた。つまり、しばらくここには来ていなかったのだ。みんな伊藤のことを『ゆりちゃん』と呼んでいた。修平は、そろそろ自分も名前で呼んでみようかなと考えていた。


 図書室には先輩が5人いて、みんな真剣に問題を解いていた。カウンターの伊藤が東京の私大の過去問を見ていたので、あれ?と思った。

「本が多い所に行きたいと思って。札幌でもいいんだけど、できたら家から離れたほうがいいかなって」

 伊藤は言った。

「やっぱ図書館司書取んの?」

「狭き門だけどね。資格取っとけば使えるし、自分で本を使って店を作るとか、そういうのもアリかなと思って」

「へえ」

「高谷は将来、何すんの?」

「決めてないんだよね実は。とりあえず経済学部受けるけど」

 修平はなんとなく気まずい気持ちで言った。そもそも、体力的に大学に通えるかどうかにまだ自信がなかった。

「やっぱりジム・ロジャーズが好きなの?」

「憧れるよね〜。日本中のおじさんが憧れてると思うよ」

「そっか」

 会話がそこで途切れたので、修平はいつもの本棚の点検に向かった。文学の棚にファイルが挟まっていると思ったら、原田先輩が書いた小説だった。中を見てすぐ、これは英語の西田先生の話だとわかった。あの先生の厳しさを茶化して笑いを取るコメディだった。修平はそれを伊藤に見せに行った。

「やだなにこれ〜!?西田に殺されるよこんなのバレたら〜!!」

 伊藤が叫び、反応した先輩が3人ほど寄ってきた。そしてみんなで爆笑しながら『ヤバい、これはヤバい』『原田やべえ』『たぶん卒業で逃げ切る気だ』と話し合っていた。ファイルは伊藤が後ろの棚に置き、先輩達は20分ほどおしゃべりしてから、元の勉強に戻っていった。


 昼になり、先輩達が出ていった時、修平は椅子をカウンターの前に持っていって座り、

「『ゆりちゃん』って呼んでもいい?」

 と伊藤に尋ねた。

「ダメ」

 即、断られた。

「なんで〜!?」

 修平はおどけた声をあげた。

「自分の名前、あんまり好きじゃないから」

「なんで?あ、やっぱ百合だから?スマコンと関係ある?」

「スマコンは関係ない」

「ならいいじゃん。俺のことも修平って呼んでいいからさ〜」

「それもなんか嫌」

「なんで?」

「なんとなく」

「なんとなくって……」

「ごはん食べよ」

 伊藤はカウンターの下の荷物をごそごそ探り、アルミホイルに包まれたおにぎりを2つ出した。修平はがっかりしながら弁当を……持ってきていなかった。作ってもらったのに部屋に忘れてきてしまったのだ。平岸家に電話すると平岸パパが爆笑しながら『今持ってってやるから』と言った。



「私にはあんな馴れ馴れしく『サキちゃん、サキちゃ〜ん』って勝手に言ってきたくせに、伊藤ちゃんが相手だとわざわざ許可を求めて即断られてんの?バカなんじゃない?やっぱカッパだから?」

「ウフフフフ!」

 夕食の時、早紀とあかねにさんざん笑われた。

「いや、だって、伊藤って違うじゃん」

「違うって何が?」

 あかねが尋ねた。

「いや〜、とにかく──違うんだって!」

 修平は言葉に詰まって叫んだ。

「恋なのよねえ。ウフフフフ」

「さっき会ったけど、きれいな子じゃないか」

 平岸パパが言った。

「まあ、お父さんがきれいなんて言うの、聞き捨てならないわね」

 平岸ママがふざけた調子で言った。

「ハゲの好みなんかあてにならないから」

 あかねが冷ややかにつぶやいた。

「伊藤ちゃんは確かに、他の人と雰囲気が違いますね」

 早紀が平岸パパに向かって言った。

「昔の女優みたいだよなあ、雰囲気が」

 平岸パパが言った。

「まあ、そんなに美人なの?」

 平岸ママが尋ねた。

「性格はけっこうきついとこあるけどね」

 修平は言った。

「それ、カッパが嫌だからきつく当たられてるんじゃないの?」

 早紀が言った。

「あのさあ、それはひどくない?」

「ライバルが多いわ」

 あかねがニヤけた。

「奈良崎もスマコンも伊藤ちゃんが好きだし、原田先輩だってわからないじゃない」

「あの先輩は心配ないと思うけどなあ」

「私は奈良崎を応援したい」

 早紀が言った。

「なんで〜?」

 修平が聞いた。

「優しくて面白くてイケメンで、カッパじゃないから」

「あのさあ、さっきから俺に辛辣なのなんで?」

「まあまあ、ごはん食べなさい。ほれほれ」

 平岸パパがなだめに入った。その後はみんな黙りがちだったが、あかね1人が楽しそうにニヤニヤしていた。


 修平は部屋に戻るとすぐベッドに倒れ込んだ。

 疲れた──。

 なぜこんなに疲れたのだろう?特に重いものを運んだりもしていないのに。また体調が悪くなってきているのか、それとも、伊藤に名前で呼ばせてもらえないのが意外とこたえたか。

『疲れているところすみませんが』

 新道先生が現れ、修平を見下ろした。

「何?」

『与儀さんが泣いています』

「え?」

 修平は起き上がった。軽くめまいがした。

『話しかけようと思ったのですが、私の姿は見えないようなので』

「そっか。何かあったのかな。どうすっかな」

『平岸の奥様に知らせてはどうでしょうか』

「え、それなんか告げ口みたいで嫌なんだけど」

『では、新橋さんか、佐加さんはどうですか』

「サキはきついから佐加にする」

 修平は佐加に連絡して、また寝直した。うとうとしかけた時、佐加から、

「ヨギママにひどいこと言われたらしいよ。

 それで泣いてたんだって。

 うち悲しいんだけど。

 なんでヨギナミから直接来ないでカッパから連絡来んのかな?」

 という連絡が来た。

「ごめん、俺が余計なことしたかもしれない」

「カッパにまで気を使われた!ムカつく!」

「俺にどうしろと言うんだ!?」

 よくわからないやりとりをして夜の時間は過ぎていった。女子は面倒だ。よくわからない細かい所に突っ込んできてギャーギャー言う。伊藤も友達とこういうやり取りをしているのだろうか。修平は考えてみたが、上手く想像できなかった。伊藤に連絡してみようかと思ったが、しつこい奴だと思われるのが怖いので、やめて寝ることにした。





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