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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年1月

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2017.1.3 火曜日 サキの日記

 バカどもと修二達は帰り、平岸家はいつもの人数に戻った。ヨギナミも夕方にやっと戻ってきた。今までずっと病院にいたという。かわいそう。


 お母さんの話すことっていつも同じなの。


 ヨギナミは言った。


 私がいかに冷たいか、世の中の人がいかに自分をいじめるか、正月に一人でいるのがいかにみじめか。

 私は『一緒にいる人』に入ってないみたい。

 ずーっとその調子。もう、うんざり。


 橋本は三が日は出現しなかったらしい。所長は『僕に遠慮して引っ込んでるんじゃないか』と言う。




 母が、


 一緒に空港まで来てくれない?

 話したいことがあるの。


 と言った。そういえば他の人(主にバカ)に気を取られて、あまり母と話していなかった。一緒に車に乗って、早めに新千歳空港まで行った。そこで食事しながら話をした。主に幽霊と、私の将来の話だ。


 東京に戻るの?

 そうなるんじゃないかと思ってたわぁ。

 サキちゃんに田舎は向いてないと思っていたのよ。

 本屋もないし。


 母は前から『本屋のない所に住んで大丈夫なの?』と言っていた。


 俺は札幌とか帯広がいいと思うけどなァ。

 わりと便利でさ。

 それでいてどっかのんきな所があってさ。


 バカが言った。自分が札幌出身だからかもしれない(母もだけど)。

 大学に行くことにはもちろん2人とも反対しなかった。ただ、『何をやりたいかわからない』というのが気になるみたいだった。


 カントクんとこで修行すりゃいいんだよ、文章の。

 あいつ芸事にはめちゃくちゃ厳しいからさあ、しごかれて成長できるって。たぶん一ヶ月に一回は泣くと思うけど。こないだ新人の子がやる気が足りないとかもっと真剣になれとか言われててさあ──


 バカが劇団のことを長々と話している間、私は今のこの状況をどう文章にするか考えていた。バカはいつも酔っぱらいのようによくしゃべる。身振り手振りも大きくて、目玉がぎょろぎょろと動く。声もでかい。大阪人に負けないと思う。母はバカがおしゃべりを始めるといつも聞き役に徹して、言葉を発さなくなる。奴がでたらめな物語を創作して語るのをおもしろがっているようなのだ。私は全然おもしろいと思わないんだけど。

 空港はリターンラッシュで混雑していた。明日から仕事という人が多い中、このバカップルは『修学旅行の話を聞いたら行きたくなった』ので、これから博多に行くと言う。


 初島って人を探してみようと思うの。


 母はそう言った。彼女が『あきらちゃん』を殺したと思っているのだ。


 それと、サキちゃんに取りついてる女の子なんだけど、

 やっぱり歌わせてあげた方がいいんじゃない?

 お友達が言っているように。


 母がとんでもないことを言い出した。


 なんならうちのステージで歌やあいいよ。

 カントクに言ってみっか?


 なぜそこで乗り気になるんだ!?バカめ!

 それから、『幽霊の願いを叶えてあげよう』という親と、『絶対嫌』という私で同じことの言い合いになり、そのうちフライトの時間が来てしまった。

 2人を見送りながら、私は不満でいっぱいだった。


 話したかったのは、こんなことじゃない。

 でも何だろう?

 なんで私は、

 自分のことがこんなにわかっていないのだろう?


 平岸パパが迎えに来てくれて、平岸家に戻ったのが1時半か2時。疲れてたけど、誰かと話したかったので研究所に行った。なぜかそこには修平がいた。所長と幽霊達の話をしていたようだった。


 これ、ママさんからの伝言。


 修平はそう言って私にメモを渡し、すぐに帰った。

 そこには、


 奈々ちゃんに歌わせてあげて。


 と書いてあった。

 なんでみんな同じことばっか言うんだ!?むかつく!

 私はメモをゴミ箱に捨て、所長に今日の話を愚痴った。パウンドケーキの詰め合わせを持っていったのに、私が自分で半分以上食べてしまった。所長は、明日橋本が病院に行くと言った。もうやめませんかそれって言ってみたんだけど、所長は曖昧に笑うだけだった。結城さんの姿はなかった。札幌に戻っているらしい。何してんだろう?まさかプリンを買いに行ったんじゃないだろうな?

 猫達はのんきにソファーや暖房の前で丸まっていた。いつ見てもかわいい。私は猫になりたい。何も考えずに気ままに暮らしたい。でも考えてしまう。

 母は初島を探してどうする気だろう?

 橋本がなぜ死んだか知りたいのか。そこから全てが変わってしまっているから。

 結城さんはどうする気だろう。ここで所長と一緒にいて。

 所長に聞いても『さあ、わからない』と答えるだけだ。

 今日、久しぶりに所長と一緒に散歩した。雪が多かったせいで道はでこぼこになっていて、真っ直ぐ進もうとすると雪山を超えなきゃいけなかったりした。天気ははっきりしない曇りで、時々軽く雪が舞った。


 普通に歩けない分、夏より体力使ってる感じがするよ。


 所長は機嫌がよさそうだった。でも口数が少ない。レティシアさんのことをまだ気にしてるのかな。向こうから何も言わないし、こっちからも聞きにくい。早く忘れたいのかもしれないし。

 途中の雪山が加工するのにちょうどいい大きさだったので、スコップを持ってきて彫刻して遊んだ。大きなポット君ができた。本人(本体?)に見せたかったけど雪のでこぼこのせいで来れないので、写真撮って帰ってから見せてみたら、ちょっと照れた表情を表示した。どういう仕様になってるのかわからないけどすごい。


 岩保がよく、カフェの孫のあの子の話を送ってくるよ。

 仲良くなってるみたいだ。


 いきなり高条の話になったので慌てた。いや、なんで私が慌てなきゃいけないんだ。でも所長からそういう話してくるの珍しい。


 一緒にロボット作りを動画に撮ってるらしいよ。


 あ、そうですか。どう反応していいかわからなかったので黙ってたら、所長は古いアメリカ音楽に話題を変えた。



 やっと通常の人数になった夕食、ヨギナミが平岸ママと母親の話をする以外は、みんな無言だった。みんなこの三日間でしゃべりたいことはしゃべってしまったんだろう。

 私だけがなぜか不満だ。

 でも何が足りないんだろう?









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