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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年12月

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2016.12.31 火曜日 サキの日記

 今は夜中。日付はもう変わって新年になっている。

 ハロー、ニューイヤー。むかつく。


 いや、こんな気分でいるのは良くない。私は一日中自分に言い聞かせてきた。せっかくの新年をイライラで台無しにしたくない。だけど、些細なことに刺激されて心が波立つ。

 昼頃にうちのバカと妙子が一緒に到着した。バカはフェザーザップのファンなので、修二がいると聞いて喜んでまとわりついていた。かなり迷惑をかけたに決まっているので申し訳ない。修二はとても穏やかな人なので、バカがバカみたいにバカピョンしてても優しく対応してくれていた。私だったら30秒以内にキレて右ストレートしてる。

 母はユエさんとお互いの職業について熱心におしゃべりしていた。母の知り合いの俳優やTV局のスタッフが、ユエさんの店に来たことがあるらしい。性格の悪いディレクターの話を延々としていて、料理に忙しい平岸ママの手伝いはヨギナミと私がやった。

 平岸ママは人数の多さに張り切りすぎてしまったのか、昼頃にはもう長テーブルを埋め尽くすほどのおせち料理が並び、昼ごはんを食べに来たあかねが、


 また!?なんなの!?私を太らせたいの!?


 と叫んでいた。

 3時頃に純也さんが林音さんを連れて到着。すっかり夫婦のような雰囲気。仲の良い夫婦3組に平岸家を占領され、私とヨギナミと修平は落ち着かずにあちこちをうろうろした。平岸パパが息子に株の話を始め、どうも、結婚したらアパートをまるまる1つ譲ろうとしていること、株もあげようとしていることに気づいてみんなびっくりした。平岸パパは金持ち父さんだったのだ。だから平岸家はいつも他人に気前がよいのだ。銀行と、ホームセンターと、その他地元企業の名前が飛び交っていた。なんかすごい話になってませんかと林音さんに言ったら、無言で苦笑いしていた。こういう話は苦手そうだなと思った。

 ユエさんも修二も、奈々子について尋ねてこないし、一言も話題にしない。私に気を使っているんだろうか。ユエさんには、カッパが学校で何をしているのか聞かれたので、図書室の話をしたら、


 へ〜!委員長女の子なのかい!


 と笑い、息子をからかいに行ってしまった。修平は父親に『友達がギター教えてほしいって言ってる』と話していた。たぶん保坂だ。

 餅を食べていたら所長から、


 もう結城必要ないって父さんに言ってみたけど、

 ダメだった。


 と言ってきた。なんだろうと思ったら、自分の世話ばかりしてると結城さんの人生がダメになるんじゃないかと急に思ったという。そんなこと気にしなくていいですよと言っといた。結城さんはたぶん、好き勝手にピアノを弾ける場所がほしいだけだ。むしろ私は、所長の方が利用されてるんじゃないかと心配してるくらいだ。

 私は落ち着くために一度アパートに戻り、奈々子に『どう思う?』と呼びかけてみた。


 ナギがなにを考えてるのか、よくわからない。

 ピアニスト活動やめちゃったの、なぜなのかな。


 という答え。ユエさん達と話したくない?とも聞いたけど、それには返答がない。コーヒー飲んでゆっくりしようかと思ったけど、なんだか落ち着かなくて、結局半分飲んで捨てて、また平岸家に戻った。

 テレビの間で平岸パパが『バフェットの本はいいぞお』と息子達に語っていた。平岸ママとヨギナミが料理の盛り付けをしていたので手伝った。手作りのローストビーフができたところだったので味見させてもらった。めっちゃおいしい。ずっと料理してて疲れないんですかと聞いたら『全然!』と即答された。ヨギナミの方が疲れてそうだったので連れ出して冷蔵庫のアイスをあさって2人で食べた。

 ヨギナミは、


 この家、賑やかすぎて落ち着かない。


 と言った。わかる。今年は特に人数多いし、バカピョンが騒いでるし。ギターの音が2つ聞こえると思ったらいつのまにか保坂と、なぜかスマコンまで来てた。占いが好きなユエさんのためにタロットを広げていた。なにしてんのこいつら?

 私はムカついてきた。落ち着くために外の冷たい空気を吸いに行って、雪につまづいて転んだ。研究所に行こうかどうか迷ったけど、どうせ明日、神社に行く約束をしているし、今日はやめておくことにした。

 この大人数で神社。心配すぎる。

 結城さん来るかな。一応年賀状書いたし、LINEも送ろうと思ってるけど、まともな返事は来なさそうだな。

 夕食の時間まで部屋で本読んで現実逃避してたら、あかねに怒鳴り込まれたのでまた平岸家へ。食卓に並ぶ3組の夫婦。溢れんばかりのごちそう。なんだかすごい光景だった。学生の存在なんてかすんで消えてしまいそう。


 ラブラブもここまでくると見苦しいわね。


 とあかねがつぶやくほど、みんな仲良し。

 この世はどうなってるんだろう。世の夫婦はもっとケンカしたり冷たかったりするもんじゃないんだろうか。ていうか、自分の親が仲いいのに、なぜ私は一人で気まずくなってるんだろう。

 ヨギナミはユエさん達に親のことを聞かれて困っていた。修平はたまにバカやユエさんをからかいながら、ひたすら何か食べて、1時間くらいでテレビの間に引っ込んだ。私は和気あいあいとした場にいて、自分だけが別空間にいるような感じがした。私は人間ではなくただのカメラで、俳優達を機械的に撮影しているだけのような。

 テレビの間に行ったら、


 みんな仲いいよね〜。


 修平が言った。夫婦げんかとかしないのと聞いたら、


 しょっちゅうしてるよ。主にママさんが親父に説教して、親父は黙って聞いてるだけだけど。


 と言われた。私はうちのバカ夫婦がコメディをめぐって大げんかしたことを思い出した。ケンカしない夫婦なんていない。たぶん純也さんと林音さんだって、たまにはケンカするだろう。

 あかねは『インスピレーションがわいたわ』と言って部屋にこもった。夫婦をネタにされてないか怖い。

 大晦日なのにヨギナミは病院へ行った。今晩はあの母親と過ごすらしい。平岸ママの料理をたくさん持たされていた。なんかかわいそうだ。あのお母さんと一緒にいて、新年を楽しめるとは思えない。

 バカが日本酒を飲みすぎて酔っ払ってしまい、昔の武勇伝を語りだした。例の『女優にモテてしかたない』という99%妄想の話だ。それから、高校時代に不良に追っかけられて逃げ回った話とか。平岸パパも一緒に逃げたと言っていたからこれは本当の話のようだ。2人は杉浦の父親を懐かしがって会いたいと言った。今、海外で仕事をしていて帰ってこられないらしい。紛争に関わってると聞いて驚いた。杉浦の家もけっこう事情がありそうだ。どうでもいいけど。

 酔っ払いの話し相手してたら紅白も終わり、新年になってしまった。うつろな目でハッピーニューイヤーとつぶやきながら、バカは床で寝てしまった。客間に引きずっていくの大変だった。母は『美容のため』と言って10時頃に寝てしまっていた。今日くらい起きててくれてもよさそうなものなのに。

 一緒に新年おめでとうと言っている残りの幸せ夫婦を置いて、私はアパートに戻って今これを書いてる。表向きはキレずに済んだけど今イライラがすごい。でもなんでイライラするのかよくわからない。保坂達が乱入してきたから?研究所に行かなかったから?修平を含めた男どもがなにも手伝わないから?(Twitterには新年の女の忙しさを議論したり嘆いたりする声がいっぱい)。ヨギナミがかわいそうだから?あかねが何をネタにしているかわからないから?(これは確かに怖い)。

 なんだか落ち着かない気分で新年を迎えてしまったことが悔やまれる。

 もう気分変えたい。

 ていうかもう寝る。あしたも大変そうだし。

 そういえば今日、母とほとんど話せなかった。他の人と話すのに忙しそうで。

 聞きたいことはいろいろあるんだけど。







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