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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年12月

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2016.12.25 日曜日 ヨギナミの部屋


 今、自分の部屋にいるか?


 所長からメールが来たが、たぶんこれはおっさんだろうとヨギナミは思った。いるよと答えると、ドアがノックされた。のぞき穴から見ると、そこにはおっさんがいた。


 これ、クリスマスの。


 ちょっと照れたように茶色い紙袋を渡された。


 ありがとう。ごめん。私何も用意してない。


 いいよ別に。

 もらったところで俺には置く場所もないしな。


 それから、早紀の部屋のドアの方を見て、おっさんは目を細めた。手にはもう一つ包みをもっていた。


 創が新橋に渡してこいって言ってたんだよ。

 さっき会ったのに渡すの忘れたんだと。

 あいつ大丈夫か?結城に連れ回されたんだって?


 結城さんじゃなくて幽霊だよ。

 幽霊の女の人が勝手に札幌に行ったって。


 奈々子が?


 そうみたい。


 おっさんは早紀のドアもノックしたが、返事がないのでインターホンを鳴らした。寝ていたのか、パジャマ姿で髪の乱れた早紀が、不機嫌な顔で出てきた。


 これ、創から。


 おっさんが包みを差し出すと、早紀はそれをひったくってから、


 なんであんたが来んの!?所長は!?


 と叫んだ。その声を聞いて、隣の修平が自分の部屋のドアを開けた。


 あれ?久方さん?俺の分のプレゼントは?


 お前のなんかねえよ。


 あ、その口調は橋本さんですね。お久しぶりです。


 修平はあくまで愛想よく言い、早紀ににらまれた。


 前から聞こうと思ってたんだけど。


 早紀がおっさんに向き直って言った。


 あんたと初島ってどういう関係?彼氏?

 付き合ってたの?


 違う。


 じゃあなんで初島はあんたを蘇らせようとしてんの?


 知らねえよ。


 本人に聞いたことないの?

 一緒にいた時間長かったはずだよね?


 知らねえって。


 早紀はしばらく似たような質問を繰り返したが、おっさんは『知らない』としか口にしなかった。ヨギナミは早紀の様子を見ていて、あまりにも攻撃的すぎると思った。かなり機嫌が悪いようだ。


 サキ、結城さんと何かあった?


 ヨギナミは思い切って聞いてみた。


 別に。一晩一緒にいたけど何も起きなかった。奈々子がメソメソ泣いてる時は妙に優しいくせに、私のことはガキ扱いして早く寝ろって言うんだもん。


 なんだ、それですねてんのか。


 おっさんが笑った。


 すねてない!


 早紀が叫んだ。


 サキの幽霊さん、何か新しいこと言ってた?


 ヨギナミは一応聞いてみた。


 な〜んにも!『自分の人生は完璧だったのに』とか言って泣いてただけ。


 早紀が嫌味な声で言った。


 完璧?


 おっさんがけげんな顔をした。


 家族もいて友達もいていろいろ上手くやってて完璧な人生だったのに、生きてる時は気づかなかったんだって。

 でも、家出少女みたいなことして夜中にふらふら歩き回ってる人が完璧っておかしくない?少なくとも精神不安定だったんでしょって!


 早紀がそう言うと、おっさんは放心したようになり、しばらく動きを止めた後、


 俺帰るわ。じゃあな。


 と言って、ヨギナミや早紀とは顔を合わせずに走り去ってしまった。


 サキさ、その『完璧』の意味、ちゃんとわかってないと思うよ。


 修平が言った。


 橋本は意味がわかったんだよ。思い当たることがあったから何も言えなくなったんだって。


 私だってわかってますよ本当は!


 早紀は横目でおっさんが走り去った方向を見ながら言った。


 でも、自分の体を使って結城さんに泣きつかれて甘えられたのが気持ち悪いんだってば。しばらく奈々子と話す気になれない。私もう寝る。一人にして。


 早紀は部屋に引っ込み、ドアを閉めた。修平とヨギナミも『おやすみ』と言い合って自分の部屋に戻った。

 ヨギナミは机に向かい、しばらく考えていた。さっきおっさんは何を考えていたのだろう?と。ヨギナミの目から見れば、おっさんの人生だってかなりいいものだ。母親はいないが、父親がいて、古本屋をやっていて、友達が遊びに来る。楽しそうだ。学校にはあまり行ってないみたいだけど──。


 おっさん、なんで死んじゃったのかな。


 ヨギナミはひとり言をつぶやいた。そこに何か、大事なことが隠れているような気がした。それから、もらった包みを開けた。

 薄いピンクのマフラーが入っていて、カシミヤ100%というタグがついていた。


 ピンクって。


 ヨギナミは苦笑いした。


 小さな女の子じゃないんだから。


 明日バイトに行くときに巻いていくことにした。それから、どう見ても完璧ではない自分の人生のことを考え、少しでもマシにするために、今日は遅くまで勉強することにした。





 


 


 


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