表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年12月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

647/1131

2016.12.24 土曜日 村の教会 伊藤百合

 村の教会。除雪がされた道の両側に、人の背ほどの高さがある雪山ができていて、まるで道を守るための壁のようだ。信者達がその間を進んでいく。

 今日はミサが行われる日だ。

 伊藤百合はその道を、ゆっくりと歩いていた。時々立ち止まりながら。


 神を求める気持ちは、ずっと前からあった。


 なのに、教会からは足が遠のいていた。まわりの友達が誰も神を信じていないどころか必要とすら思っていないということを、暮らしているうちになんとなく感じ取った。そのため、自分の気持ちを表に出せなくなったのだった。教会に近所の人がいてなにかと噂するのも嫌だったし、学生には他にやることもたくさんあった。

 それに、教会に行くということは──何か、後戻りできない世界に足を踏み入れてしまうのではないか、そういう恐れもあった。聖書は読むが、理解できない所も多い。

 自分は()()()、神を信じているわけではないのではないか。

 不思議なことに、長崎の大浦天主堂では、そのような迷いは一切感じなかった。そこへ続く道は一つで、正しく、導かれるようだった。なのに、なぜ、昔から親しみがあるはずの村の教会の前で、自分はこんなにも迷っているのか。

 建物の入口、アーチの前で、おそらく毎週きちんと通っているのであろう年配の信者達が、昨日からの大雪を嘆き合っていた。今日は来れないんじゃないかと思いましたよ。いやあうちの近くも道がなくなっていて、昨日も今日も一日中雪かきですよ。もう体中が痛いったらないんですよ。でもここまでなんとかたどり着きましたよ。神様のおかげで。


 神様のおかげで。


 伊藤はしばらく、そういった人達を眺めていた。知っている人が何人か挨拶をしてきた。みんな久しぶりだねと言った。なんだか『どうして日曜に来ないの?』と責められているような気がした。

 やっぱり帰ろうか。

 この人達の中に自分が入っていいのだろうか。

 伊藤は入口をじっと見つめていた。


「あ〜!いた〜!伊藤だ〜!」


 ありえない声がした。振り向くと、高谷修平がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。後ろに平岸パパらしき人影も見える。

「メリークリスマ〜スっ!!」

 修平ははしゃぎながら大きく手を振っていた。

「高谷ぁ!?」

 伊藤は驚きのあまり甲高い声をあげた。

「ここで何してるの?」

「いや〜、平岸家に久方さんが元カノ連れてきて、サキがすねてどっか行っちゃって、あかねもママと大ゲンカし始めたから、平岸パパと一緒に逃げてきた」

「久方さんが来たの?」

「うん」

「ヨリ戻したの?」

「かもね」

「わあ!」

「それでさ〜、ネットで調べたんだけど、クリスマスミサって一般公開してるんでしょ?だから来てみようと思って」

 伊藤は困った。そんな、どこかのお軽いイベントのように言われても。

「それに、これ渡そうと思って」

 修平は紙の包みを伊藤に差し出した。

「何これ?」

「本」

 修平は言った。

「クリスマスに本交換しようって言ってたじゃん。今日学校閉鎖されてて図書室行けなかったしさ〜」

「あ」

 伊藤はやっと本のことを思い出した。

「ごめん。用意はしたんだけど今持ってきてない」

「いいよ別にいつでも。今日大事なのはミサなんでしょ?」

「そうだけど」

 伊藤はぎこちなく入口に視線を向けてから、

「開けていい?」

 と言った。

「いいよ」

 修平は笑った。自信がありそうだった。中には分厚い本が2冊入っていた。

『大投資家ジム・ロジャーズ 世界を行く』と『冒険投資家ジム・ロジャーズ 世界大発見』だった。

「ビジネスの本は好きじゃないと思うけど」

 修平がやや下を向いて言った。

「それ、昔、病院で読んでた本。世界中を回って、他の人は絶対行かないような危ない国をじかに見て、それで得た情報をもとに投資する人なんだ。古い本だけど面白いし、世界情勢とか人の動きとか、今読んでも当たってる所がたくさんある。何より冒険が面白い。軍隊とはちあわせたりすると怖いけどね。外に出れなくても、自分が旅をして賢くなった気分になれるよ」

 年配の紳士が後ろから近づいてきて、伊藤の手元を見て、

「わあ、懐かしいな。それは面白い本だよ」

 と言った。修平は、

「ありがとうございます」

 と言って、嬉しそうに笑った。

「ありがとう」

「悪いね。ミサの日にかさばるもの渡して」

「いいの別に」

 伊藤は本をバッグに入れた。大きめのものを持っていてよかったと思った。

「寒いから中入ろうよ」

 修平はなんの迷いもなく建物に入っていって、受付の人に軽くあいさつをした。伊藤は慌てて追いかけ、いつのまにか協会の中に入っていた。

 平岸パパの姿は消えていた。きっと気を使ったのだろう。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ