2016.12.23 金曜日 サキの日記
他人の考えで頭をいっぱいにするのはやめて、
自分の考えを見つけた方がいいんじゃないか。
そういうひらめきというか、内なる声(奈々子の声ではない)が聞こえたのは、フリマに欲しい本が2冊出ていて、どっちを買おうか、いっそ両方買おうか、でも部屋の本棚はもう溢れてるし、電子にすると高いし……と悩んでいた時だった。
私の中で誰かが『もうこれ以上本を読むことないよ』『部屋にまだ読んでないのあるじゃん』と言う。しかしもう一人が『今買わないと!この本を安く買えるチャンスはもうないかも!他の人が買う前に!』と叫んでいる。
私はどうしていいかわからず止まっていた。散歩しようにも大雪で外に出られない。今日はJRも全て止まっていて、交通は完全に麻痺していた。
ヒーマーだー!!
という、カッパのバカみたいな大声がした。大雪で閉じこもっているのに耐えられなくなったらしい。時計を見たらまだ午前10時23分。早すぎる。
修平はあろうことか隣のヨギナミの部屋のドアをノックして何か叫んでいた。せっかくバイト休みなのにカッパにつきまとわれるなんて、なんてかわいそうなヨギナミ。説教しようと思って廊下に出たら、ちょうどヨギナミが甘栗の袋を持って出てきた所だった。カッパにそんなもんやらなくていいよと言いながら、3人で平岸家に行こうとしたら、もう道が雪に埋まって大変なことになっていた。積もった雪にブーツがはまる。降ってくる雪も多くて前がよく見えない。ほんのちょっとの距離を歩いただけなのに私達は雪まみれになり、玄関でお互いを叩き合って肩や頭に積もった雪を落とした。
テレビの間で栗を食べたが、あかねは出てこなかった。執筆で忙しいと言って。でも本当はヨギナミを避けてるんじゃないかと思う。
この雪いつまで続くの?
俺明日図書室行かなきゃいけないんだけど。
修平が言うと、ヨギナミがすぐに、
無理だと思う。この降り方普通じゃないもん。
と言った。修平、たぶん伊藤ちゃんに会いたいんだろうなと思った。
せっかく調子いいのに外出れねえのイライラすんだよな〜。
と。それを私達に言われても困る。本でも読んでろ。
佐加からも今日ヒマって言ってきてるよ。
とヨギナミが携帯を見ながら言うと、修平は沈黙した。似てると思われるのが嫌なんだそうだ。ノリが軽い所はそっくりだと思うって言ったらめっちゃ嫌がっていた。
テレビの間の横にDVDとブルーレイがいくつか置いてあった。そこから『ジュリー&ジュリア』という映画を取り出して見ていたら、修平はいつの間にかいなくなっていた。映画は料理好きのブロガー(と言っても、映画の冒頭で初めてブログを書き始める)と、有名な料理研究家(というか、料理の先生?)のジュリア・チャイルドの人生が交互に描かれている。レシピ本を作ることに情熱を注ぐジュリア。その本が出版されてから50年後、それを見ながら『これに載っている料理を全部作る』と、作る過程をブログにしていくジュリー。
ジュリア・チャイルドの夫が協力的で優しくていいなと思った。当時、女性の仕事を快く応援できる男って、かなり少なかったんじゃないだろうか。
ヨギナミは、
これ見てると料理したくなるね。
と言った。苦手な私でさえ『作ってみようかな』と思わせる映画なので、料理得意なヨギナミは余計に作りたいだろうな。でも、ジュリーがロブスターを怖がるところではちょっと引いてて(ザリガニが苦手らしい)鍋の蓋が飛んだ時は『ヒッ!』って変な叫び声を上げていた。
かわいい。
私はヨギナミに『彼氏と映画見に行くといいよ。絶対かわいいと思われるから』と言った。ヨギナミは、
映画見に行ったことない。
と言った。杉浦に言ったら勝手に上映会やって偉そうに前説してくれるよと言ったら、なぜか照れていた。わかりやすいな。でも、こんないい子の好きな人があのうるさいホソマユなんて、世の中理不尽すぎる。杉浦って恋愛バカにしてそうに見えるし。
ヒマしてる佐加にLINEで聞いてみた。
あいつ実はラブコメとか女の子向けの映画もチェックしてるからさ〜、その話題で刺激しないほうがいいよ。
クラス全員が巻き込まれるからさ〜。
ラブコメをチェックする杉浦。なんてキモい。
うち藤木ん家でELLEのバックナンバー見てるさ。
サキに似合いそうなワンピースあったよ。
写真見たけどあんまり好きなデザインじゃなかった。めっちゃ細いモデルが着てたせいもあるかもしれない。丈が短すぎて冬に着るには寒すぎるし、原始人が着てる服の派手な色バージョンにも見える。佐加は絶対ファッションショー好きだ。普段絶対着れないようなデザインの服が。
ヨギナミはキッチンに平岸ママの様子を見に行き、作り過ぎの渦に巻き込まれて野菜を切り始めた。
天気がよかったら、あさみの所に持っていったんだけど。数年ぶりの大雪なのよ。クリスマスに。
ついてないったらないわねえ。
平岸ママはそう言った。そのうち3時になったのでチョコレートムースが出た。あかねは来たが、修平は来なかった。平岸パパの雪かきを手伝ってたら具合悪くなったらしい。何やってんだろう。
所長からは、
明日、レティシアを連れて平岸家に行ってもいいかな。
と来ていた。なんとなく断りたかったんだけど、平岸ママに聞いたら『料理はいくらでもあるから』とOKが出てしまったし、
ちょうどいいじゃない。
作り過ぎを片付けてもらいましょうよ。
私もネタほしいし。
とあかねが言ったので、来てもいいと返事をしてしまった。どんな人が来るんだろう?この様子だとヨリを戻したんだろうか。
ヨギナミはほとんどしゃべらず、私達のお皿まで片付けてキッチンに行った。あかねは、
人に取り入るのが上手いのよ。
母親に似たのよ。
と顔をしかめて言ってから部屋に戻った。私はすごく嫌な気持ちになって、外に出て、除雪した道に早くも降り積もった雪を蹴飛ばしながらアパートに帰った。
奈々子と話したいのに出てこない。隣の部屋からも何も聞こえない。劇団のおじさん達やカントク、バカから『早いけど』とクリスマスメッセージが届き始めた。懐かしい。今すぐ居酒屋のクリスマス飲み会に飛んでいきたいくらい。
私は何をやってるんだろう。
こういう日こそ本に没頭するためにあるのに。でも朝方浮かんだことが消えない。
人の考えばかりで、頭をいっぱいにしていないか。
私は本が好きで、ネットも見る。私の常識と判断力はこの2つに作られている。でもそれは全部『誰か他人が言ったこと』だ。私が何か判断する時必ず、前に読んだ、あるいら見聞きした何かが影響している。
その影響を一回取り去ったら、私は何を考えるか。
でもそんなの無理だとも思う。まっさらな状態で何か判断するなんて出来ないし。でも確かなことが一つ。
今、大雪で外に出られないのに、
本を読む気が全くしないということだ!
私はまた雪まみれになりながら平岸家に戻り、キッチンで平岸ママに『何かやることないですか』と聞いた。調理に使ったボウルや皿がシンクにたまっていたのでそれを洗った。ヨギナミはオーブンをじっと見つめていた。家にはなかったから見るのが面白いと言っていた。早くオーブン買ってくれる男と結婚した方がいいんじゃないかと思ったけど、イヤミにしか聞こえなさそうなので言わなかった。中身はパイ生地だった。
夜。私はまた2冊の本の画像を交互に見て悩みながら何時間も無駄にしてもう11時。
もうやだ。寝る。




